第66話 偽カップルの顛末
はあ、何だか、変な感じになっちゃったな。
「あのさ、ミカン」
「ん、何?」
「俺たち、もう付き合うフリやめないか?」
俺はグッと拳を握りしめた。ミカンを真っ直ぐに見つめる。
「何で? 疲れちゃった?」
「ん、まあ、そんなとこ」
俺が下を向くと、ミカンは励ますように俺の肩を叩いた。
「いいよ、仕方ないわね。ただし別れた理由は私からフッたってことにしてね」
「うん、分かった」
「それじゃ、お別れね」
ミカンが手を差し出してくる。
何で握手? と思いながらも、その手をギュッと握り返す。
「あんたとのデート、悪くなかったわ」
ポツリと呟くミカン。
「……もし、三十までにいっくんと結婚出来なくて、お互いに相手が居なかったら結婚しない?」
「えっ?」
俺はミカンの顔を見つめた。どうやら本気なようだ。
「良いけど、できることならそうならない事を願うよ」
「うん、そうね」
まあ、ミカンなら、顔も可愛いしスタイルもいいし、人懐こいし、たとえ小鳥遊と結ばれなくてもすぐに別の男ができるだろ。
「じゃあね」
「バイバイ」
こうして、俺とミカンは別れた。
***
「えー! ミカンと武田くんって別れたの!?」
「何でまた! 浮気とか?」
「いや、それがね……」
翌朝、俺が学校に着くと、俺とミカンが別れたという噂はもうクラス中に広がっていた。
ウワサを広げた犯人は――もちろんミカンだ。
「ねぇねぇ、どうして別れたの?」
「あんなに仲良さそうだったじゃん」
女子たちに囲まれ、理由を尋ねられたミカンは、机に腰掛け足を組みながら意気揚々と答えた。
「いやー、それがさー、武田の足ってもの凄く臭いの。納豆とニンニクと濡れた犬の腐ったような臭いが混じった臭いっていうかー、もう、百年の恋も覚めるわって感じ」
「えーそうなの?」
「それはやだね」
「足、洗ってないのかしら?」
「お風呂に入ってないんじゃない?」
ヒソヒソとこちらを見ながら話す女子たち。
あのさあ、ミカンさん……。
確かに俺は、「ミカンのほうからフッたことにしていい」とは言ったけど、俺を臭いキャラにしていいとは言ってないぞ!?
クソッ、こんなことになるんなら、別れた理由を事前に打ち合わせしておくんだった!
「あ、おはようでござる、武田氏」
そこへ山田が財布を手にやってくる。
「ああ、おはよう。どうした? 何か購買にでも買いに行くのか?」
「いやいや、そうでは無いでござるが」
そう言いながら、山田は財布から十円玉を取り出して俺に渡してきた。
「はいでござる」
「……ん? 俺、お前に金貸してたっけ?」
「いやいや、昨日たまたまテレビで、靴に十円玉を入れると臭いが取れると聞いたでござるから……あっ、別に武田氏の足が臭いと思っているわけではないでござるよ。たまたまそう聞いたから、たまたまでござるよ!」
思いっきり臭いと思ってるじゃねーか!
クソッ、ミカンのやつ、覚えてろよ!
「あ、おはよう、武田くん」
続いて、小鳥遊が教室に入ってくる。
「ああ、おはよう、小鳥遊」
「ミカンに聞いたよ。二人、別れたんだって?」
心配するように聞いてくる小鳥遊。
「うん、まあ、性格の不一致というか、音楽性の違いというか、そんな感じで。でも円満に別れたから、部活とかで気まずくなることはないと思うから」
「そっか、それなら良かった。ところで――」
小鳥遊がカバンから制汗シートを取りだした。
「これ、武田くんにあげるよ」
「え」
「これで足の汗をこまめに拭けば臭わないらしいよ。……あっ、別に武田くんが臭いと思ってるわけじゃないけど、たまたまこのシートを沢山持ってたから。たまたまだよ。別に武田くんの足は臭いと思ってないよ!」
「……あ、ありがとう」
思いっきり臭いと思ってるだろうが!
全くもう。
俺が上履きに十円玉を入れ、制汗シートで足を拭いていると桃園さんがやってきた。
「おはようございます。昨日はすみません。お二人のデート、邪魔してしまって……」
ぺこりと頭を下げる桃園さん。
「いや、別にいいよ」
俺は周りに人が居ないのを確認し、声を落とした。
「どうせ嘘のカップルだったし」
「でも、二人お似合いでしたし、とても楽しそうで――少し、羨ましかったです」
「いやいや」
「それで……これ。二人のデートを邪魔してしまったお詫びです」
桃園さんがカバンから何かピンク色の包みを取り出す。
「えっ、これは?」
「石鹸です。これで体を洗えば、いい匂いになりますよ。私も以前から愛用しているのですが、これを使えば足の臭いも……いえ、なんでもありません。たまたまです。たまたま……」
「あ、ありがとう……」
もしかして、桃園さんまで足が臭いと思ってる??
くそっ、ミカンのやつめ!!
***
そしてその夜、俺は桃園さんから貰った石鹸を使ってみた。
桃の花のような甘い香り。うわ、本当にいい匂いだ。女子みたい。
『私も以前から愛用しているのですが――』
桃園さんの言葉が蘇ってくる。
こ、ここここれ……もしかして桃園さんの香り!?
俺は深呼吸をし、鼻いっぱいに桃の香りを吸い込んだ。
石鹸の甘い香りは、布団の中に入ったあとも続いていた。
なんか、桃園さんと一緒に寝てるみたいだな……。
そう考えると、なんだか興奮して眠れなくなりそうだ。
俺を包む、甘く優しい香り。
いろいろあったけど、これはこれで良かった……かな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます