12.後夜祭とフォークダンス

第44話 後夜祭のはじまり

 俺が桃園さんの後ろ姿をじっと見送っていると、ユウちゃんがぎゅっと俺の袖をつかんだ。


「ん、どうしたの、ユウちゃん」


 俺がユウちゃんの顔を見下ろすと、ユウちゃんはうるんだ瞳でこちらを見上げた。


「忘れ……ないでね」


「えっ?」


「このあと。フォークダンス」


 ああ。そのことか。


「大丈夫だよ、忘れてない。俺は部室と教室の片付けもするから、その後でな」


「うん、待ってる」


 そっか、この後はいよいよフォークダンスか。


 俺は小鳥遊をチラリと見た。

 小鳥遊には是が非でも桃園さんをフォークダンスに誘ってほしい。


「小鳥遊、あのさ」


 俺は意を決して小鳥遊に話しかけた。


「俺たち、教室の片付けをしてるから、小鳥遊と桃園さんには部室の片付けを頼んでいいかな?」


「うん、いいよ」


 快く承諾してくれる小鳥遊。

 よし、これでこの後、小鳥遊と桃園さんは二人っきりになる。


 小鳥遊もフォークダンスに桃園さんを誘いやすくなることだろう。


 ククク……完璧だ。


 きっとこの後のフォークダンスでは、さぞロマンチックなことになるに違いない!


 ***


「ふう」


 真っ赤な夕日の差し込む教室。

 俺はクラスメイトたちと、メイド喫茶の片付けをしていた。


「そっち終わったー?」


 ミカンがメイド服を片付けながら俺に向かって叫ぶ。


「ああ。後は特にすることないかな。後は掃除くらい」


 あんなに賑やかだった教室も、今や見るかげもなくいつもの姿を取り戻しつつある。


 文化祭もいよいよ終わり。なんだか寂しいような物悲しいような、そんな気分になる。


 俺がしんみりとしながらホウキで床をはいていると、ドアがガラリと開いた。


「し、失礼しますっ」


 急いだ様子でこちらへやってきたのは、桃園さんだ。


「お疲れ様です、武田くん……」


 俺の前に立ち、モジモジし始める桃園さん。


「ああ、お疲れ」


 桃園さんには小鳥遊と二人きりで部室の掃除を頼んでいたはずなんだけど、もう終わったのか?


 というか、小鳥遊のやつ、ちゃんと桃園さんをダンスに誘ったのだろうか?


 俺がソワソワとしていると、桃園さんが尋ねてくる。


「えっと、その……教室の片付けはどうですか?」


「こっちはだいたい終わったよ。部室のほうはどう?」


「はい。だいたい終わったし、山田くんも手伝いに来てくれたので教室の方を手伝ってきてもいいと小鳥遊くんが」


「そっか」


 どっちだ? ダンスの誘いはあったのか? どうなんだ!


「いっくん、まだ部室にいるの!?」


 すると俺たちの話を聞いていたミカンが、ビョンとバネのように立ち上がった。


「はい、恐らくまだ部室にいると思います」


「そう! 部室ね」


 ミカンは俺に駆け寄ってくるとこっそりと耳打ちした。


「ごめん、武田。ちょっと抜けるわ。ここ、頼んでもいい?」


「ああ、いいけど――」


「ありがと!」


 ミカンは、俺が何か言う前に、猛スピードで廊下を駆けて行ってしまった。


 何なんだよ騒々しいな。


 ――あ、もしかして、ミカンのやつ、これから小鳥遊をダンスに誘う気か!?


 でもミカンには悪いけど、恐らく小鳥遊はもう桃園さんをダンスに誘ったあとだぜ。


 少し可哀想だけど、まあ、ミカンなら見た目は良いし、小鳥遊に断られても、適当に相手を見つけられるんじゃないな。


 俺がそんなことを考えながらミカンの後ろ姿を見送っていると、桃園さんが口を開いた。


「あの!」


「ん?」


「ちょっとお話良いでしょうか?」


「いいよ、何?」


 だけど、桃園さんはモジモジして何も話そうとしない。


 どうしたんだろう。あ、もしかして、小鳥遊とダンスを踊ることになったっていう報告かな? そのことならもう知ってるんだけどな。


「あ、あの……この後の……ダンス……なんですけど……」


 桃園さんが顔を真っ赤にして何か言おうとしたその時、ガラリと教室のドアが開いた。


「タツヤ」


 ドアを開けて入ってきたのはユウちゃんだ。


「ユウちゃん」


 トコトコと歩いてきて、俺の横にピッタリとくっつくユウちゃん。


「タツヤ、掃除、終わった?」


「うん。だいたい終わったよ」


「そう。ダンス、始まるから、一緒にいこ」


 ユウちゃんは、ぎゅっと俺の腕をつかむ。


「ああ、もうそんな時間? ごめん、ちょっと待ってて。今、準備するから」


 俺とユウちゃんがそんなやり取りをしていると、桃園さんは大きく目を見開いた。


「武田くん、ユウちゃんとダンスを踊るんですか?」


「うん、そうなんだ。昨日から約束してて」


「あ……そう……そうなんですか」


 うっむく桃園さん。


「そういえば、桃園さんの話って何?」


「い、いえ、何でもありません。大したことではないので、武田くんはお気になさらずユウちゃんとダンスに行ってきてください」


 桃園さんは笑って手を振る。


「じゃあ、行こうか」


「うん」


 俺とユウちゃんは二人で教室を出た。


 ***


『これから、待ちに待った後夜祭を始めたいと思います。まずは毎年恒例、校長先生によるグラウンドのキャンプファイヤーの着火式を始めます。この後、火が安定し次第フォークダンスのスタートです』


 校内放送が流れる。


「まずい、もう始まるみたいだ。急ごう」


「うん」


 ユウちゃんと二人で夕日の指す廊下を歩く。


 祭りの後。みんなもうグラウンドに集まっているのか、昼間の騒がしさとは打って変わって静かな校内。少し物悲しさを感じる。


 すっかり薄暗くなったグラウンドにつくと、校長先生と生徒会長がキャンプファイアーの点火式をやっていた。


 やがて先生たちが薪をくべると、キャンプファイアーは大きく燃え上がった。


「へえ、凄いな。こんなに本格的だと思わなかった」


「……すごい」


 ユウちゃんと二人でキャンプファイアーを眺めていると、小鳥遊がやってきた。


「やぁ、教室の片付けは終わったの?」


 笑顔で尋ねてくる小鳥遊と――その横で満足そうな笑みをうかべ、小鳥遊と腕を組んでいるのはミカンだ。


「あれ、小鳥遊と……ミカン」


 どういうことだ。


 桃園さんは!?

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