第45話 桃園さんを捜して

「あれ。小鳥遊と……ミカン」


 どうやらあのミカンの表情からして、ミカンは小鳥遊をダンスに誘うことに成功したらしい。けど――。


 だとしたら、桃園さんはどうしたんだ?


 せっかく桃園さんと小鳥遊を二人っきりにしたのに、小鳥遊のやつ、結局ダンスに誘わなかったのか!?


「えっと、二人はその、一緒にダンスを?」


 俺が遠慮がちに尋ねると、小鳥遊はあっさりとうなずいた。


「うん、そうだよ」


「え、どうして。桃園さんは……」


 何でだよ。小鳥遊のやつ、桃園さんを誘ってみるって言ってたのに!


「それが、桃園さんを誘おうとしたら断られちゃってさ。どうやら他に誘いたい人がいたみたい」


 フラれちゃったよ、と苦笑いを浮かべる小鳥遊。


「他の人?」


 一体誰だよ。桃園さんが他にダンスに誘いそうな男子って――まさか山田?


 いやでも、桃園さんは「他に誘いたい人がいる」と言って部室を出て、その後教室に来た。でもそこには山田はいなかった。そこにいたのは――。



『あ、あの……この後の……ダンス……なんですけど……』



 頭の中にフラッシュバックしてきたのは、教室にやってきた桃園さんの姿。


 そういえば桃園さん、メイド喫茶の時も俺に何か言いたそうにしていたな。


 ――もしかして、桃園さんがダンスに誘いたかったのって……俺?


 いや、まさかまさかとは思うけど……駄目だ。考えれば考えるほど、そうとしか考えられない。そう考えると全ての辻褄つじつまが合う!


「桃園さん……」


 なんてこった。


 涙を浮かべ、一人で寂しげにしている桃園さんの姿が頭の中に思い浮かぶ。


 ズキンと胸が痛い。


 桃園さんは今、ひとりぼっちなのか?


 俺が、ユウちゃんと約束してしまったばっかりに。俺の浅はかな作戦のせいで、桃園さんは――。


「――タツヤ?」


 ユウちゃんが心配そうに俺を見上げてくる。


「大丈夫? 具合でも、悪い?」


「あ、いや、別に……桃園さんは何してるのかなって」


 俺が笑って誤魔化すと、ユウちゃんはボソリとつぶやいた。


「タツヤ……やっぱり桃園さんと踊りたかったの?」


「え!? あ、いや、そんなことないよ。ユウちゃんに誘われて嬉しかったし……」


 とは言いつつも、グラウンドとどこかに桃園さんが居るんじゃないかとついキョロキョロしてしまう。


 ユウちゃんは、ふう、とあきれたようにため息をついた。


「そんなに気になるなら、見てきたら」


「えっ」


 でも、そんなことしたらユウちゃんが一人になってしまう。ユウちゃんは何も知らないし、何も悪くないのに。


 だけど、頭の中には桃園さんの寂しそうな顔がチラついて離れない。


「で、でも、ユウちゃんが――」


「私は、大丈夫」


「でも」


 ユウちゃんは真剣な瞳で俺を見つめた。


「タツヤ、桃園さんを連れてきて。タツヤは本当は桃園さんと踊りたい……でしょ。三人で踊ろう。初めは私と踊って、その後で桃園さんと踊ればいい」


 クソっ。


 ぎゅっと拳を握りしめる。


 俺は馬鹿だ。本当に馬鹿だ。ユウちゃんにも、桃園さんにも迷惑かけて。


「ごめん、ユウちゃん。すぐに戻ってくるから」


「うん」


 すると、俺たちの様子を見たミカンが、何かを察したのかユウちゃんの手をギュッと握る。


「大丈夫。私たち、三人で待ってるから、ねっ、いっくん」


「え? うん。よく分かんないけど、僕たち、三人で待ってるよ」


 うなずく小鳥遊。


「ありがとう。それじゃ、行ってくる」


 俺はいても立っても居られなくなって、夕暮れの校舎に向かって走った。


「桃園さんっ!」


 人気ひとけのない校舎。廊下に差し込む夕日。長い影が伸びる。


 俺は1年A組のドアを開けた。


 はあ……はあ……。


 静まり返った教室には、誰もいなかった。


「桃園さん……」


 一体、どこにいるんだ?


 俺は一年生の教室のある三階から一気に階段を駆け下り、文化部棟へと向かった。


 教室には所々電気がついていて、文化祭の片付けをする人が何人か残っているのが分かった。


 暗い廊下の一番奥、演劇同好会の部室にも、ほのかに電気がついているように見える。


 桃園さん、ひょっとして、部室にいるのか!?


「桃園さんっ!」


 俺は急いで部室のドアを開けた。が――。


「あれ? 武田氏、どうしたでござるか?」


 そこにいたのは山田だった。


「なんだ、山田かよ」


 ガックリと肩を落とす。


「何だとは失礼でござるな。どうしたでござるか? そんなに急いで」


「いや――ちょっと桃園さんを探してて。見なかったか?」


「いや、見てないでござる」


「そうか。ありがとう。それじゃ」


 俺が手を振り部室を出ていこうとすると、山田が俺の腕を掴んだ。


「待つでござる」


「何だよ、俺は今急いで――」


「もしかして、桃園さんをダンスに誘うつもりでござるか?」


 俺はグッと息を飲み込むと、正直に白状した。


「……ああ、そうだよ。悪いか」


 俺は――桃園さんをダンスに誘いたい。


 無茶かもしれない。断られるかもしれない。


 それでも、桃園さんを一人にはしておけなかった。一人寂しく悲しい思いを、桃園さんにはして欲しくなかった。


 だって桃園さんは、俺の推しヒロインなんだ。


 俺が答えると、山田はフッと笑い、バサリとジャンバーを羽織った。


「そうでござるか。それなら、拙者も桃園さんを探すのを手伝うでござる」


 えっ!?


「い、良いのか? だってお前――」


 山田も、桃園さんのことが好きなんじゃないのか?


 中学生のころからずっと好きで、それでストーカーまでして――。


 すると、山田は山田らしからぬ爽やかな笑顔でニッと笑い、親指を上げた。


「桃園さんは、拙者の推しでござる。推しの幸せを願うのは、ファンのつとめでござる!」


「山田……」


 推しの幸せを願うのはファンのつとめ。


 そうだな。山田の言う通りだ。


 俺はこの世界に来て、初めて桃園さんと会った時のことを思い出した。


 俺は桃園さんの笑顔を見て、この人の笑顔を守りたい。この人を幸せにしたいって、心から思ったんだ。


 何でそんな大切なことを忘れていたんだろう。


 俺は今まで、桃園さんを小鳥遊とくっつけることばかり考えていた。だけど――。


 大切なのは、桃園さんを幸せにする。もう二度と悲しい顔をさせないってことだったのに。


「ありがとう、山田」


 俺と山田は、手分けして校内を探す事にした。


「じゃあ、俺はもう少し校内を探してみるから、山田はグラウンドを探してくれ。それともしユウちゃんに会ったら、少しかかりそうだけど必ず戻ってくるって伝えてくれ」


「ラジャーでござる」


 俺は山田と別れ、再び人気のない廊下を走るった。


 桃園さん――俺の特別なヒロイン。一体どこにいるんだ!?



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