第43話 美女と野獣とキスシーン
そして文化祭二日目。いよいよ劇の本番だ。
「ドキドキしますね。ちゃんとお客さん入るでしょうか」
桃園さんが不安そうな顔をする。
「大丈夫だよ。人気の吹奏楽公演の後だし」
「だといいですけど」
俺は客席をチラリと見た。吹奏楽部の演奏が終わり席を立つ人も多いが、席はまだ八割以上埋まってる。よし、吹奏楽部の直後に発表する作戦が効いたぞ。
「頑張りましょうね」
桃園さんがゾウの被り物をかぶり、気合を入れる。
その瞬間、桃園さんのまとう空気がガラッと変わった。すごいオーラだ。
被り物をかぶっているにもかかわらず、大女優の風格みたいなのを感じる。
ああ、こういう人が、将来スターになるんだろうな。
しみじみとしていると、ミカンの声が聞こえてきた。
「わあ、いっくん可愛い!」
「すごく、似合う」
見ると、奥ではミカンとユウちゃんが小鳥遊の女装姿を褒め称えていた。
「えへへ、そうかな」
照れたように笑う小鳥遊。
俺は女装した小鳥遊の顔をチラリと見て、あんぐりと口を開けた。
何だこりゃ! 超絶美少女じゃないか!
色白の頬、まつ毛の長い大きな瞳、華奢な手足。長い黒髪のウィッグが似合っていて、まるで異国の美少女のようだ。
さすが「なし子」と呼ばれ女装姿に定評のある小鳥遊! そこらへんの女子なんて蹴散らせるほどの美少女っぷりだ。
素の状態でもイケメンだし整った顔立ちだとは思っていたが、よもやここまでとは……。
なし子は小首をかしげ、俺に向かって可愛らしく笑った。
「がんばろうね♡」
うう……なんだこれは。胸がドキドキする。可愛い。可愛すぎる。惚れてまうやろ!
これはまさかの男の娘ルートか!?
「可愛いでござるね」
山田がカレーをもぐもぐしながらやってくる。
山田。お前、何食ってるんだ?
「お前、本番前にカレーを食うやつがあるか!」
俺は山田の頭をスパーンと叩いた。
「だ、だって、お腹が減ったと思ったら、ちょうど入口のところで売ってて……」
「でも本番前だぞ!」
「拙者の出番はもう少し後であるからして」
「そういう問題か!」
そんな俺たちのやり取りを見て、小鳥遊が低い声でボソリとつぶやく。
「また山田くんと仲良くしてる……」
してないっ!
それにしても、どうすんだよこの匂い。下手したら観客席まで匂うぞ、
舞台袖から客席をチラリと見ると、案の定、観客席がザワザワし始める。
「なんか、カレーの匂いがしない?」
「次、インドの劇らしいし、それでじゃない?」
「雰囲気作りのために何かお香でも焚いてるのかな」
そんな声が聞こえてくる。
残念だが、これは本物のカレーだ。
「次は、演劇同好会の発表で『男女逆転・インド風美女と野獣』」
そして、司会の女子の声で幕が上がった。
いよいよ劇の始まりだ!
最初に出ていくのは女装をした小鳥遊だ。
観客席からは、小鳥遊の女装のあまりの完成度に驚きの声が上がっている。
「可愛い……!」
「ウソ、あれ、男の子!?」
「うう、惚れてしまいそうだ!」
やがて凛子先輩――小鳥遊の父親が現れ、森に出かける。そしてそこで、桃園さん
桃園さんが扮する野獣の姿を見て、観客席が息を飲むのが分かる。
そりゃそうだ。造形も頑張ったし、何より桃園さんの演技が圧巻だ。
歌も踊りもキレがあるし、男だとか女だとか、そんな事を感じさせない圧倒的な魅力を放っている。
やがて美女は、父親を探しに森に入り、野獣の城に到着する。
城に着くと、ユウちゃんと山田のコミカルな掛け合いが始まった。
この二人は初めはどうなるかと思ったが、どうやら本番に強いらしく、絶妙なバランスと間で観客席を笑いに包んでいる。
ほのかに香るカレーの匂いもインドの雰囲気を高めて良い感じだ。
やがて美女と野獣は恋に落ちる。
きらびやかな衣装を身にまとった二人のダンス。
このシーンは練習でも何度もやったはずなのに、セットやライトのせいなのか、それとも本番独特と空気のせいなのか、まるで夢の中みたいに幻想的でロマンティックな雰囲気。
観客も、俺たちまでも、みんなが舞台に夢中になっているのが分かった。
そして城に攻め込んでくる、ミカン扮する恋敵のマハラジャ。
マハラジャを追い払うと、いよいよクライマックス。二人のキスシーンだ。
……ゴクリ。
俺は固唾を飲んで二人のラブシーンを見守った。
原作では、ここでキスのふりをするつもりが、本当にキスしてしまうハプニングが起こるはずなのだが……。
俺は舞台の様子をじっと見つめた。
だがこの角度からだと二人が本当にキスをしたのかキスをするふりをしたのか全く分からない。
ど、どっちだ?
桃園さんと小鳥遊はキスをしたのか!?
「こうして真実の愛を手に入れた二人は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
ナレーションと共に舞台の幕が下りる。
パチパチパチ……。
「お疲れ様でしたー!」
笑顔の桃園さんがこちらに駆けてくる。
「ああ、お疲れ様。凄く良かったよ」
「本当ですか?」
「うん、本番が一番よかった。みんな釘付けになってたよ。桃園さん、舞台で本領発揮するタイプなんだね」
「ありがとうございます。武田くんの脚本が良かったからですよ」
舞台に上がってハイになったのか、珍しく興奮気味の桃園さん。でも、特に小鳥遊を意識するだとか変わった様子は無い。
おかしいなぁ。やっぱりまだ好感度が充分上がってないから恋愛イベントが起きにくいのだろうか。
ここから先、桃園さんと小鳥遊の恋愛フラグを積み上げていくにはどうしたらいい?
やはりフォークダンスだ。フォークダンスを一緒に踊ってもらうしかない!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます