第49話 賢者の贈り物
そして劇本番。
その日はクリスマスだというのが嘘のように晴れ渡っていて、セーターを来ていると汗ばんでしまうほどの気温。
緑と赤に輝くクリスマスツリー。カラフルな飾りに、楽しげなクリスマスソング。
だが、そんな楽しげな雰囲気とは逆に、俺の体はカチカチにかたまっていた。
「き、緊張するなあ」
「大丈夫? 武田くん」
小鳥遊が心配そうに顔をのぞきこむけど、全然大丈夫じゃない。
『賢者の贈り物』はクリスマスを控えたとある貧しい夫婦が、お互いに贈り物をしようとするお話である。
そして俺は、脚本の小鳥遊によって、なぜかその夫役に指名されてしまったのだ!
今までチョイ役しかやった事がなかったのに、どういう訳かいきなりの主役。子供向けの劇とはいえさすがに緊張してしまう。
「緊張してるんですか? 武田くん」
妻役に
「う、うん。ありがとう」
「タツヤ、大丈夫?」
ユウちゃんも心配そうにこちらを見上げてくる。
「うん。ほら、俺って主役とか初めてだし」
そして恐らく、妻役が桃園さんだと言うのも緊張の主な原因だ。だって妻だぞ!? 劇の中とはいえ、俺と桃園さんが夫婦!
クソっ、小鳥遊のやつめ、俺と桃園さんを夫婦にするだなんて、何考えてやがる!?
どうしよう。万が一、何か
舞台袖から、集まった子供たちをチラリと見る。
児童館の中は満員御礼で、所狭しと児童と保護者がひしめいている。こんなにたくさん観客がいるなんて、想像していなかった。ゴールデンウィークの時より数倍多い。
ちなみに今、舞台上では、山田が一人で『あわてんぼうのサンタクロース』の劇をやっている。
俺たちの劇が始まる前の言わば前座なのだが、子供たちは大盛り上がりだ。
「サンタさん、後ろ後ろー!」
「急いで!」
「サンタさん、忘れ物ー!」
子供たちの声援に、山田は笑顔で答えている。前から思っていたが、山田は中々に演技力がある。
……というか、この中で演技が下手くそなのは、はっきり言って俺だけだ。
「はあ、胃が痛い」
パチパチパチ、と盛大な拍手とともに、サンタに扮した山田が舞台袖に戻ってくる。
「いやー、疲れたでござる!」
「お疲れ!」
「子供たちにすごいウケてましたよ」
賞賛を浴びる山田。
それとは逆に俺が足をガクガク言わせていると、ドンと後ろからミカンが背中を押した。
「ほら、出番よ!」
ちょ、待て! まだ心の準備が――!
結局、俺は頭が真っ白になったまま舞台の上によろめきつつ登場してしまった。
クソっ、心を落ち着かせるために、色々と
唇を噛みながら顔を上げる。
目の前には、瞳をキラキラと輝かせた子供たちの姿があった。
ええい、こうなったら仕方ない。
俺はやけくそになりながらも演技を始めた。
「ああどうしよう。もうすぐクリスマスだというのに、妻にクリスマスプレゼントを買うお金が無い!」
『賢者の贈り物』のあらすじはこうだ。
あるところに、ジムとデラという若くて貧乏な夫婦が住んでいた。
夫のジムの自慢は祖父と父から受け継いだ金時計。妻の自慢は長くて美しい髪。
クリスマスイブの日、二人はお互いにプレゼントをしようと思い立つ。
ジムは自分の愛用の懐中時計を売り、長い髪の妻のために髪飾りを買う。
一方妻のデラは、自分の髪を売り、時計を大切にしている夫のために、時計につける鎖を買うことにする。
そしてクリスマス当日。二人はお互いのプレゼントが無駄になってしまったことを知る。だけど――。
正直なところ、小さい頃にこのお話の劇を見た時、俺はちっとも共感できなかった。
ジムは自慢の時計を売ってまでしてプレゼントを買って、デラが喜ぶとでも思ったのだろうか。
デラは自慢の長い髪を売ったら夫がどう思うのか考えなかったのか?
もっとお互いの気持ちを確認すればいいのに、なんて愚かな夫婦なんだろうって。
だけど今は違う。
俺にはこの夫婦の気持ちがよく分かる。
たとえ大切なものを失っても、愛する人を幸せにしたい。
頭の中に、桃園さんの笑顔が浮かんでくる。
文化祭の時に見た悲しそうな顔も。
ズキリと胸が痛む。俺はもう二度と桃園さんに悲しい思いはさせない。
大切な人を笑顔にしたい。幸せにしたい。その思いは、どんなプレゼントよりも尊い物なんだ。
物語のラストで、二人はお互いのプレゼントをそっと引き出しの中に仕舞い、微笑み合う。
俺と桃園さんは、鎖と髪飾りを引き出しの中に仕舞った。
そして二人は微笑みあう。
俺は精いっぱいの笑顔を作って桃園さんの方を見た。
だけど――。
桃園さんは笑っていなかった。
桃園さんの目には、大粒の涙が浮かんでいた。
桃園さん……!
気がつくと、俺は桃園さんを抱きしめていた。
腕に伝わる暖かく柔らかいぬくもり。
盛大な拍手とともに舞台の幕は下りる。
……ななななな!?
い……いったい俺は何を……
俺は何をやってるんだ――!?
***
「お疲れ様!」
「おつかれ!」
「メリークリスマス!」
そして児童館での劇の後、俺たちは部室でケーキとご馳走を囲み、シャンパン風ジュースで乾杯をしていた。
もちろんこれは、俺の「グループ交際作戦」の一環であり、狙い通り桃園さんも楽しそうにしているのだが……。
俺は桃園さんの色白な横顔をチラリと見た。
至って普通……だな。
そりゃそうだ。あれは事故みたいなもんだ、ゴールを決めたサッカー選手が感極まって味方に抱きつくみたいな、そんな感じだ。
別に意識するほどのものでもない。ないけど――腕の中に桃園さんの感触ががががが……。
「へーい、武田! 飲んでるぅ!?」
「ぐはっ!?」
やたらテンションの高いミカンが俺に後ろから抱きついてくる。
「何だお前、ジュースで酔っ払ってんのか!? テンションおかしいぞ!?」
「いやー、こういうパーティーって、ついテンション上がっちゃって!」
全く、ミカンときたら!
……いや、おかしいのは俺か。
俺は火照った頬をジュースの入ったコップで冷やし、チカチカと光るクリスマスツリーの星を見つめた。
ミカンに抱きつかれても何ともないのに、桃園さんとしたハグだけが温もりとして腕に残っている。
桃園さんは、ずっとマンガの中だけの存在だと思っていた。でも当たり前だけど……桃園さんはここに、同じ世界に生きている。生身の人間なんだな。
「あ、雪」
「雪だ!」
声につられて窓の外を見ると、白い綿みたいな雪がはらはらと降ってくる所だった。
そういえば、マンガの中でもホワイトクリスマスだったっけ。
「武田くん、メリークリスマス」
いつの間にか隣に座っていた桃園さんがささやく。俺も小さな声で返した。
「メリークリスマス」
心の中にほわりと明るい火が灯る。
参ったな。
さっきの劇での出来事を思い出して顔が熱くなる。
ただのファン。推しヒロインだと思っていたのに――。
チラリと桃園さんの顔を見る。
クリスマスのイルミネーションに照らされ、いつもより少しおめかしした桃園さんは、信じられないほど可愛く見えた。
ヤバい。
これじゃまるで、俺が桃園さんのこと、本気で好きみたいじゃないか。
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