9.真剣!水着選び

第32話 水着を買いに

 さて、八月に入ると台本も完成し、いよいよ演劇同好会の練習にも熱が入ってきた。


「ユウちゃん、いいよー!」

「小鳥遊、そこもっと悲しげな演技で!」

「桃園さん、そこもう一回やってみてもらえる?」


 脚本兼監督となった俺は、台本片手に指導に明け暮れた。

 

 しかし――あれだな。今まで誌面でしか見たことがなかったキャラたちが、自分の指示通りに動いてくれるというのも中々面白いな。


 俺が感慨にひたっていると、凛子先輩が腕時計をチラリと見た。


「はい、それじゃ、今日の練習はここまで!」


 あれ? おかしいな。夏休み中の部活は平日の朝の八時から夜の五時までと決まっている。


 でも壁にかかった時計を見ると、まだ時刻は四時半を回ったところだ。


「先輩、まだ四時半ですけど」


 小鳥遊が手を挙げると、ニヤリと凛子先輩は笑った。


「そうだけど、明日は合宿前の最後の土日でしょ? 何かと準備もあるだろうし、早めに終わろうかと思ってさ」


「さっすが部長、やるう!」


 飛び上がるミカンを、凛子先輩がたしなめる。


「ミカンは家に帰ったらちゃんと台本を読み込んでセリフを覚えておくこと」


「はーい」


 ミカンは、どんな役でもそつなくこなすんだけど、若干セリフ覚えが悪いのが玉にキズなんだよな。


 それでも前回はなんとか本番には間に合わせてそれなりに演技してくれたんだけど、今回は主人公を狙うライバル役で、前回と違ってセリフも長いしな。


「お疲れ様でした」


 桃園さんが頭を下げてくる。


「お疲れ様。桃園さん、良かったよ」


「本当ですか? ありがとうございます」


 いや、本当に、顔だけならユウちゃんもミカンも可愛いし、二人とも演技は上手くなってきてるけど、桃園さんは推しヒロインだと言うことを抜きにしても圧倒的だ。


 演技力、歌唱力、ダンス力――それに何より、演じている時の存在感というか、オーラがすごい。


 こんな凄い女優を、児童館や文化祭の劇だけに出しておくのは勿体ないというレベルだ。


 こういう桃園さんの魅力って、マンガを読んでいるだけでは絶対に分からなかったよなーと、今更ながら思う。


「……おつかれ」


 と、いつの間にか後ろにいたユウちゃんが俺のシャツを引っ張る。


「ああ、おつかれ、ユウちゃん」


 ユウちゃんは俺の顔をじっと見上げる。


「……タツヤ、私の演技、どうだった?」


 どこか自信なさげな物言い。うーん、と俺は考えた。


「だんだん良くなってきてるよ。あとは山田とのやり取りにもっとコミカルさがあればいいかな」


「コミカルさ……」


 ユウちゃんが下を向いて考え出す。

 今回のユウちゃんは、呪いによって燭台にされてしまったマハラジャの従者という役どころだ。


 この役のポイントは、同じく呪いで洋服箪笥に変えられてしまった従者の山田との絡みなのだが、ここでもっとコミカルさが欲しいんだよな。真面目なユウちゃんには難しいかもしれないけど。


「具体的には、間のとり方とかセリフの強弱とかかな。でもどんどん上手くなってるし、そのうちできるようになると思うよ」


「……ありがとう」


 そんな感じでユウちゃんと話していると、ミカンがじーっと俺を見ていることに気づいた。


「ミカン、どうかした?」


「えっ、ううん。ただ、少し悩んでて」


 深刻な顔で床を見つめるミカン。

 悩んでる? 演技についてか?


「そっか。俺で良かったら相談に乗るけど」


「本当? それじゃ……」


 ミカンは意味深に目を細めると、俺の耳元でコソリと囁いた。


「この後、暇? ちょっと付き合ってくれない?」


 は?


 ***


 放課後、ミカンと訪れたのは近所のデパートだった。


「ねえ、こっちの水着とこっちの水着、いっくんが好きなのはどっちだと思う!?」


 二着の水着を手に真剣に悩むミカン。

 そう、ミカンの悩みとは、合宿に持っていく水着についてだった。


 全く、能天気なやつだな!


「ねえ、聞いてる?」


 ミカンが腰に手を当て頬を膨らませる。


「聞いてる、聞いてるよ。ええと――」


 俺は二着の水着を見比べた。


 片方はハイレグというのだろうか、股の切れ込み具合がえげつないセクシー水着で、もうひとつはフリルがついている可愛らしい水着だ。


「こっち……かな」


 俺が可愛い方の水着を選ぶと、ミカンはバカにしたような笑みを浮かべる。


「ふーん、やっぱりね。アンタはそういうのが好きだと思った!」


 これだから童貞は、と言わんばかりの口調に少しムッとする。


「な、なんだよ、可愛い系が好きだと悪いのかよ。言っておくけど、小鳥遊も可愛い系のほうが好きだと思うぞ!」


「そうだけどさぁ」


 ミカンが口をとがらせる。


「桃園さんも、ユウちゃんも可愛い系じゃん? キャラが被らないようにするにはやっぱりセクシー系で勝負しないとって……」


 まあ、確かに、ミカンはお色気担当のキャラだしな。ていうか、自分でそれを自覚してたんだ?


「うーん、確かに」


「でしょ? じゃあ、もうちょっと考えてみるわ」


 ミカンが再び水着の前で悩み始める。

 ミカンって原作ではどんな水着来てたっけ。オレンジ色だったことしか覚えてないな。


 それにしても……。


 俺は近くにあったピンクの水着をじっと見つめた。白いフリルがついたワンピースタイプで、清楚で可愛らしい感じだ。


 これ桃園さんに似合いそうだな。なんて思っていると、水着の奥から声が聞こえてきた。


「武田氏、武田氏」


 げっ。


 ビキニのかかったハンガーラックの間からニョキッと顔を出したのは山田だ。


「お前、なんでこんな所に!?」


「拙者は水着の妖精であるからして」


 妖怪の間違いでは?


「それよりもこれ、ミカンどのに似合うでござるよ」


 ビキニのぱんつを頭に載せながら山田が指さしたのは、アウトドアメーカーが出してるスポーティーなオレンジ色のビキニだった。


 確かにこれなら、運動神経抜群のミカンのにピッタリだし、スポーティーなんだけど、背中が紐になってる所なんかは大胆で、セクシーさもある。


 悔しいけれど、ミカンにピッタリだ。


「ありがとう、これ、薦めてみるよ」


 俺は水着の妖怪の指示通り、オレンジ色のビキニをミカンに薦めてみた。


「わあ、これ、可愛い!」


 ミカンもお気に召したようで、すぐにそれをレジに持っていった。


 ふー、良かった良かった。これで一件落着だな。

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