第33話 勘違いの恋模様

「はー、いい買い物ができた。今日はありがとうね!」


 ミカンが軽く腕を組んでくる。


 むにゅ。


 当たり前のように押し付けられる柔らかいおっぱい。


 うっ……。


 思わず理性を奪われそうになる。


 ミカンは俺の推しヒロインじゃないが、こんなに親しい感じの笑顔を向けられて、柔らかくて暖かい膨らみを押し付けられては、普通の男だったら好きになってしまうんだろうな。


 でも俺は知っている。ミカンの本命は小鳥遊ただ一人だし、ミカンは誰にでもベタベタする女なんだ。


 呼吸を整え、心の中を空にする。


 心頭滅却すれば、火もまた涼し。おっぱいもまた硬し!


「あっ」


 ――と、ミカンが急に俺から離れる。


「ん?」


 俺も宇宙に飛んでいた意識を現世に戻す。目の前に立っていたのは、桃園さんとユウちゃんだった。


「あれっ、二人とも、どうしてここに?」


 俺が尋ねると、桃園さんが少し慌てたように答える。


「いえ、あの、私たちは合宿に必要なものを買いに……ねっ、ユウちゃん」


 コクコクとうなずくユウちゃん。


「それで、ええと――お二人は?」


「ああ、俺はミカンが水着を買うって言うからそれに付き合ってたんだ」


 桃園さんとユウちゃんがびっくりしたような目で俺とミカンを交互に見る。


 何だ。俺がミカンと買い物に来てるのがそんなにおかしいのか?


 ミカンは慌てたようにまくし立てた。


「あ、ええと――ほら、男の子がどんな水着が好きなのか、女の子だけだと分からないじゃん? だから武田を誘ったの。いっくんにはどんな水着を着るか秘密にしたいし」


「そうだったんですね」


 桃園さんがホッとしたような表情を見せる。


「実は私たちも、水着を買いに来たんです」


「そうなんだ。良かったら二人の分も俺が選ぼうか?」

 

 俺が提案すると、ユウちゃんは首をブンブンと横に振った。桃園さんも困ったような顔をする。


「いえ、私たちは女の子だけで選ぶことにしますり武田くんには、どんな水着を着るかは当日のお楽しみってことで」


「そっか」


 まあ、そうだよな。俺なんかの選んだ水着よりは、自分で選んだお気に入りの水着を着たいよな。


「じゃあ俺たちは帰るから」


「はい、さようなら。また月曜日に」


「バイバイ」


 俺たちは、なんとなくギクシャクしたまま別れた。


 ミカンが額の汗をぬぐい、低い声で囁く。


「ふう、まさかあの二人に会うなんて。変な勘違いされてなきゃいいけど」


「変な勘違い?」


「ほら、私たちが内緒で付き合ってるだとか、そういう勘違いよ」


 ああ、なるほど。


「そっか。そういう勘違いしたウワサが流れて、それが小鳥遊に知れたりしたら困るもんな」


「違うわよ、何言ってんの」


 ミカンは思い切り顔をしかめた。


「私が言ってるのは、いっくんに知られるとかじゃなくて、あの二人が――」


「え?」


 俺がキョトンとしていると、ミカンは呆れたような顔でため息をついた。


「私が心配してるのは、要するに、あの二人に私がライバルだって思われないかってこと」


 ええと、それってもしかして――ミカンってば、桃園さんとユウちゃんが俺の事を好きだと思ってる?


「いやいや、それはないと思うよ。だって――」


 と、そこまで口に出して気がついた。


 そうか。ミカンのやつ、本家桃学に比べて桃園さんやユウちゃんにベタベタしてるから、こんなに他の女キャラにべったりなキャラだっけと不思議に思ってたんだよな。


 でもそれは、こちらのミカンが、桃園さんやユウちゃんが俺の事を好きだと勘違いしているからだったんだ。


 要するに、本家桃学のように桃園さんやユウちゃんをライバルだと見なしていないのだ。なるほど、謎が一つ解けたぞ。


「だって?」


 怪訝そうな顔をして見てくるミカン。


「ええと……」


 まずいぞ。ここで桃園さんとユウちゃんの本命が実は小鳥遊だと明かせば、二人をライバル視してきて、桃園さんと小鳥遊がくっつくのを妨害してくるかもしれない。


 それに、せっかく三人で仲良くやってるのに、ギスギスするのも嫌だしな。


 考えた末、俺はこう答えた。


「それはその……桃園さんもユウちゃんも、別に俺の事を好きなわけじゃないと思うし、それに、ミカンが小鳥遊の事を好きなのはみんな知ってるから」


「ええっ!」


 ミカンが心底驚いたという顔をする。


「どうして。武田、あんた、二人に喋った?」


 いやいやいや……。


「前にも言ったと思うけど、たぶん、気づいてないのは小鳥遊本人くらいだと思うぞ」


 俺はふう、とため息をついた。


「それにさっきも自分で『いっくんにはどんな水着を着るか秘密にしたい』って言ってたじゃん。それって婉曲的に好きって言ってるようなものだぞ」


 ミカンは一瞬目をパチクリさせてキョトンとしたかと思うと、やがてふふふと肩を揺らし笑い始めた。


「ははは、確かにそうかもね」


 遠い目をするミカン。


「確かに周りの人にはバレバレだったりするんだよね。でも、それって当事者には案外分らないものなのかも」


 俺とミカンは、それから恋愛と関係の無いゲームやネットの話をして別れ、家に帰った。


 ミカンはちょっと思い込みの激しいところもあるけど、可愛いし、明るくて話しやすいし、良い奴だ。


 でも、最後には小鳥遊にフラれちゃうんだよな。あんなに小鳥遊が好きで、幼稚園の時からずっと小鳥遊一筋なのに。


 俺は旅行カバンに荷物を詰め込みながらため息をついた。


 ――いや、ダメだダメだ。余計なことを考えちゃ!


 一人のヒロインを救済したら、他のヒロインが悲しむことぐらい分かってたはずじゃないか。


 ここは初志貫徹、桃園さんと小鳥遊をくっつけることに集中しよう! うん!

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