第21話 買い出しに行こう!

 そんなわけで、児童館での初公演の演目は『シンデレラ』に。


 主役のシンデレラはユウちゃん、王子様役は小鳥遊に決まったのだった。


 まずい。ユウちゃんと小鳥遊が王子様とお姫様になる劇だなんて、思いつく限り最悪のシナリオだ。


 ここは何とかして、二人が良い雰囲気になるのを阻止しないと。


 でも、いったいどうやって?


 特に打つ手もなく、悶々と考えている間にも、ゴールデンウィークの公演にむけて準備は着々と進んで行った。


 そして――。


「武田くん、今度の土曜日、一緒に衣装の買い出しに行きませんか?」


「え」


 だしぬけに桃園さんに言われて、俺は思わず固まってしまった。


 えっ、どうして俺?


「あ……ああ、俺は良いけど、小鳥遊やミカンは――」


 しどろもどろになりながらも返事をすると、桃園さんは首を横に振った。


「いえ、私と武田くん、二人でです」


「えっ?」


 思考が追いつかない。どうして俺と二人で?


「凛子先輩に、衣装のことを相談してたんです。そうしたら、私に任せるので、武田くんと、二人で行ってきたらって」


 いやいや、ちょっと待てよ。


 俺の記憶によると、原作で衣装の買い出しを任されたのは、小鳥遊と桃園さんの二人だったはずだ。


 それが何で、俺と桃園さんの二人になるんだ?


「いや、でも俺、衣装のこととかよく分からないし、ほら、小鳥遊とかと行ってきた方が――」


 キョトンとする桃園さん。


「でもほら、小鳥遊くんは脚本の執筆で忙しいですし。武田くんは副部長ですし、監督だから」


 あ、そっか。原作と違い、副部長も監督も俺が引き受けたから――それが裏目に出てしまったのか。


 クソッ、なんという誤算!


 俺は奥歯を噛み締め、考えた。


 ユウちゃんと小鳥遊がシンデレラと王子になってしまった今、二人の仲を接近させるためにも、この買い物は桃園さんと小鳥遊の二人に何としてでも行かせたい。


 とりあえず俺は、席を立って小鳥遊の所へと急いだ。


「いやいや、脚本って言ってもオリジナルじゃないし、そんなに長くない劇だからきっと大丈夫だよ。聞いてみよう」


「えっ……あの……」


「あのさ、小鳥遊。今週の土曜日、空いてる?」


 小鳥遊は困った顔をして答えた。


「あー、ごめん、その日はユウちゃんと二人で練習する約束が入ってて」


 何い!?


 目の前が真っ暗になる。


 ユウちゃんと約束……だと!?


 お前らいつの間にそんなに仲良くなってたんだ!?


「そ、そうなの。それってちなみに、ミカンたちは一緒に――」


「いや、二人っきりだよ」


 あっけらかんとした顔で言う小鳥遊。

 俺は慌ててミカンを呼びつけた。


「お、おい、ミカン!」


 ミカンは露骨に嫌そうな顔をする。


「何よ、『おい』だなんて失礼ね。私はあなたの妻じゃないのよ。気安く話しかけないでくれる?」


 クソっ、めんどくせー女だな。

 そう思いつつも、仕方なく笑顔を作る。


「あ、あの、ミカンさん、少しお話があるのですが、お時間よろしいですか?」


「ちっ、仕方ないわね。何よ」


 腕組みをするミカン。このビッチ、覚えてろよ。


「小鳥遊とユウちゃんが二人っきりで劇の練習をするそうですが、ミカンさんはそれでよろしいのでしょうか? ミカンさんも一緒に練習したいのでは……」


「ああ、別にいいわよ。私は土曜日に、バスケ部の練習試合に誘われてるし」


 ミカンはケロリとした顔で言う。


 そうだった。ミカンは運動神経抜群なので、しょっちゅう運動部に助っ人として呼ばれているんだった。


 でもおかしい。ミカンは兎にも角にも小鳥遊の小鳥遊スキスキ人間だったはずだ。


 愛しの小鳥遊がライバルであるユウちゃんと二人っきりなのに、それでいいのか!?


「ちょ、ちょっと」


 俺は慌ててミカンの腕を取って教室のすみに引っ張って行った。


「何よぉ」


「あの二人を二人っきりにしていいのか? もしもユウちゃんと小鳥遊の仲が深まって、二人が付き合うようなことになったら――」


 ミカンはキョトンとした顔をした後でクスリと笑った。


「ああ、それは別にいいのよ。だってユウちゃんは、アンタにしか懐いてないもの」


「えっ?」


 ユウちゃんが、俺にしか懐いてない?


 俺は部活動中のユウちゃんの姿を思い浮かべた。


 うーん?


 そうかなあ。俺の目には、部活のメンバー全員と仲良くしているように見えるけど。


 ふう、とミカンが呆れたような目でため息をつく。


「それに今回の練習だって、あんたに演技が上手くなってる所を見せるために、こっそり頑張ろうと思って計画したらしいわよ。健気じゃない」


「えっ、そうなのか?」


 何でまた俺に演技が上手くなっているところを見せようと? 訳が分からない。


「ま、アンタの目には桃園さんしか映ってないから分からないのかもしれないけど」


 ポンと俺の肩を叩くミカン。


「とにかく、私はユウちゃんに関しては心配してないの」


 なんだよそれ、もっと心配しろよ!


 くそ……。


「あのー、武田氏」


 しょうがない。よく考えたら、推しヒロインである桃園さんとお出かけできるというまたとないチャンスだ。


「武田氏、拙者は土曜日、暇でござるよ?」


 しょうがない。今回は桃園さんと一緒に買い出しに行くことにしよう。


 桃園さんと小鳥遊の間の好感度を上げる機会はまたあるはずだ。


「おーい、武田氏、聞こえてるでござるか?」


 何か余計な声が聞こえるような気がするけど、気のせいだろう。きっとやまびこか何かだ。俺は桃園さんと二人で買い物に行く!


「おーい?」


 俺は桃園さんの元へと戻った。


「――しょうがない、みんな忙しいみたいだし、僕たち二人で買い物に行こう」


「はい、そうですね」


 桃園さんがはにかみながらコクリとうなずく。


 ああ、楽しみだなぁ、土曜日の買い出し。


「あのー、武田氏? 拙者、透明人間だったでござるか??」


 途中で何か余計な声が聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。

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