第22話 二人っきりの買い物

 そして土曜日。天気は晴れ。絶好の買い出し日和だ。


 俺は待ち合わせの時間より三十分も早くきてしまった。


「しまった。早く来すぎたか」


 何となくソワソワしながら、待ち合わせ場所である駅前の時計台の下のベンチで桃園さんを待つ。


 このベンチも懐かしいな。何回かマンガの中で見たことあるぞ。まさか自分が待ち合わせに使うことになるとは。


「武田くーん、お待たせしました」


 妖精のように可憐な声がして振り返る。


 そこには、白いTシャツに、ピンク色のキャミソール、クリーム色のロングスカートをはいた桃園さんが立っていた。


 おおーっ。か、可愛い!


 私服姿の桃園さんは、原作では見た事はあったけど、現実で見るのは初めてだ。


 まるで天使みたいに可愛くて、思わず赤面してしまう。


「ふむふむ、キャミソールの少しくすんだピンク色が大人っぽくて今っぽいし、スカートの色ともぴったりでござるな。ロングスカートも流行りのシアー素材やティアードを取り入れていてトレンドを押さえているでござる。バッグの茶色と靴の茶色で合わせる小物使いもポイントが高いでござるよ」


 ……なんか、どこぞのファッショニスタのファッションチェックが聞こえてきたような気がしたけど気のせいだよな、うん。


「いや、俺も今来たとこ、全然待ってないよ」


 見え透いた嘘をつく。


「本当ですか? 良かった。さ、行きましょう」


「う、うん」


 参ったな。桃園さんと二人きりだと、どうも照れて上手くおしゃべりできない。


 俺はぎこちない足取りで、桃園さんと共に駅前の商業ビルに入り、エレベーターに乗り込む。


「凛子先輩によると、このビルに入ってる手芸屋さん、布の種類が豊富らしいですよ」


「へえ、そうなんだ」


 狭いエレベーター中、俺と桃園さんはそんな会話をして過ごす。


 まずいな。平静を装ってはいるが、密室の中に推しヒロインと二人きり。


 胸のドキドキと手汗が止まらない。


 ええい、早く目的地につかないかな。


 チーン。


「あ、着きました」


 しかし、想像よりも早く目的の五階につき、ホッと息を吐き出す。


「わあ、大きいですね」


 エレベーターを下りるなり、桃園さんは声を上げる。


「確かに。デカいな」


 俺も目の前に広がる布の波に唖然とした。


 布だけじゃない。糸やボタン、裁縫道具も、見たことがないほどたくさん置いてあった。


「このビル、五階のフロアがまるまる手芸屋さんになってるんですよ」


「へー、そうなんだ」


 「向こうの世界」でイベントの売り子を頼んでるコスプレイヤーの友人と衣装の買い出しに来たことはあったけど、うちの近くの手芸屋はこんなに大きくなかったのでびっくりだ。


 ちなみに余談ではあるが、コスプレイヤーというのは、何度か桃学の同人誌を売る手伝いをしてもらった、桃園さんコスをする成人男性である。


 思えば、俺の「向こうの世界」での人生は本当に女っ気が無かったな……。


「えーっと、用意するのはシンデレラとお姉さん二人の私服とドレス、それにお母さんと魔法使い、王子様の衣装ですね」


「普段の服とドレスと二種類あるのが面倒臭いな」


 二人で布地を見て回る。


「あっ、この布、綺麗ですね」


 桃園さんが、光沢のある紫の生地を手に取る。


「本当だ。でも、ちょっと高いな」


「そうですね」


 残念そうに生地を戻す桃園さん。

 増額してもらったとはいえ、部費は限られているから仕方がない。


「こっちはどう?」


 俺は、近くにあった同じく紫色の布地を手に取った。


「うーん、でも、少しイメージと違いますね」


 確かに、少し安っぽい生地だし色も良くない。


 他にも色々と回って見たけれど、良いと思ったら高い、安いと思ったらイメージと違う、で中々良い生地が見つからない。


「思ったんだけどさ」


 俺は提案した。


「一から作るより、市販のドレスにレースとかリボンとかスパンコールを足してドレスにしたほうがいいんじゃないかな」


 桃園さんはキョトン、と目からウロコが落ちたような顔をした。


「そうですね。その方が手間もかからないですし。なんで思いつかなかったんでしょう」


 まあ、俺もコスプレイヤーの友人(男)が市販の制服を桃学の制服に改造しているのを見なければ思いつかなかっただろうな。


「魔女の服なんか、ハロウィンの衣装でありそうですしね。シンデレラも。変身前の服は、古着を組み合わせたりしてもいいかも」


「いいね、それ」


「じゃあ、ちょっとここを出て上の階の喫茶店で通販サイトを見てみませんか? 眺めがいいって評判なんですよ」


「うん、そうしよう」


 そんなわけで、俺たちは一度手芸屋から出て二人で七階の喫茶店に入ったのだった。

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