第30話 スランプ
「負けたよ、武田くん」
小鳥遊が握手を求めてくる。
俺は少し罪悪感を感じながらも小鳥遊の手を握り返した。
「いやいや……ほら、俺の方は先に小鳥遊の設定を見てるし、よく考えたら後出しジャンケンみたいでフェアじゃなかったかも」
慌ててまくし立てる。
「そんな事ないよ。まさか男女を逆転させるなんて発想、僕にはなかったし。コメディタッチなのも文化祭の客層に合ってると思う」
「ありがとう」
「それに僕は、武田くんと熱い勝負をして、より親友としての絆が深まった気がして嬉しいよ」
「お、おう」
まあ確かに、熱い勝負をしたライバル同士の友情が深まるというのは少年漫画の定番ではあるな。……って、ここはラブコメの世界なんだが。
それにしても、まさか全会一致で俺の案に決まるとは。
ミカンあたりは小鳥遊の案に賛成すると思っていたんだが。
チラリとミカンの方を見ると、ミカンはニマニマと頬を緩ませていた。
「ふふふ、いっくんの女装、楽しみ!」
そういうことか!
そして配役も俺の狙い通り、マハラジャが桃園さん、美女が小鳥遊に決まった。
マハラジャ役にはミカンもはじめ立候補していたのだが、桃園さんとミカンの二人きりの話し合いの結果、桃園さんがマハラジャに決まったのだ。
一体その場で何が話し合われていたのかは知らないが――ともかく桃園さんがマハラジャに決まって良かった。
ああ、俺の作戦、完璧に進みすぎて怖い……!
「それじゃあ、各自衣装やセットの用意に取りかかるとして――武田くん、台本はどれくらいでできそう?」
凛子先輩に言われてうーん、と考える。台本なんて書いたことがないので、どれくらいかかるのか見当もつかない。
「そうですね……とりあえず一ヶ月あればできると思います」
「そう。なら稽古は八月から始めようか。文化祭は九月の後半で時間はあんまりないから、できるだけ急いでね」
「はい」
まあ、一ヶ月もあれば書けるだろ。あらすじやプロットはもうできあがってるし。
――だが、その見通しが甘かったことに、一ヶ月後、俺は気づくこととなる。
***
「ダメだ! 書けない!!」
俺はノートパソコンの前で頭を抱えた。
自分が台本を書くとなって、あれから一ヶ月。台本はまだ半分ほどしか書けていなかった。
どうやってもそこから筆が進まない。
これがスランプってやつか!?
うー、まずい。
この間、凛子先輩に「進捗どう?」って聞かれた時、「あとちょっとです」って答えちゃったけど、ちょっとどころか、あと半分も残ってるんだもんなあ。
昨日はは土曜日。せっかくの休日、執筆のチャンス。
それなのに、俺は一日中ゲームをしたりネットサーフィンをして過ごしてしまった。
なので今日こそは、一日中執筆して何とか台本を間に合わせようと決意していた。
していたはずなんだけど……。
「やる気がでない」
今日は全くやる気が起きない。いや、今日もか。パソコンの前に向かうだけでダルい。
はあ。でも書かないと、小鳥遊と桃園さんをくっつけるという俺の目標が――。
ピロン。
俺がベッドで悶えていると、タイミングよく、凛子先輩からスマホにメッセージが入る。
『執筆は順調ですか? どこまで進みました? できたところまででいいので、データーでもらうことってできますか?』
「うわ……」
どうしよう。全然できてないだなんて言えないし、何て返事したらいいんだろう。
俺はスマホの画面を見つめてため息をついた。
凛子先輩のメッセージ、絵文字とか顔文字とか一切使わないからかもしれないけど、ちょっと怖いんだよな。
これって怒ってる? 怒ってるよな……。
ピンポーン。
「タツヤー、お客さんよー!」
母さんの叫び声に、渋々腰を上げる。
全く、メッセージの次は来客か。誰だよこんな時に。こっちは忙しい――。
「こんにちは、武田くん」
すると玄関先でペコリと頭を下げる美少女の姿が目に入ってきた。
ピンク色の髪に色白の肌、そしてはち切れそうなおっぱい――紛うことなき桃園さんだ。
「も……もももも桃園さん!?」
なんで桃園さんが俺の家に!?
俺、何か忘れ物とかしたっけ??
パニック状態になっている俺を見て、桃園さんはすまなそうに頭を下げた。
「すみません、突然おじゃまして」
「い、いやいやいや、全然いいよ。ていうか、今日はどうしたの?」
平静を装いながら答える。
「いえ、ひょっとしたら、武田くん、台本に行き詰まっているのではないかと思いまして」
「い、いや……その」
何で桃園さん、俺が執筆に行き詰まってることを知ってるんだ?
あ、さては凛子先輩だな。さっきも凛子先輩からスマホにメッセージ来てたし。きっとそうだ。
「り、凛子先輩に言われて来たの?」
「えっ?」
桃園さんは可愛らしく首を傾げる。どうやら凛子先輩の差し金で来た訳ではないらしい。
「いや、ごめん。さっき凛子先輩からメッセージが来てたからそれで来たのかと」
「いえ、違います」
桃園さんは小さなピンク色のショルダーバッグから何かチケットを取り出した。
「これ、一緒に見に行きませんか?」
「これは……」
桃園さんが手にしていたのは、近くの劇場でやっているミュージカルのチケットだった。
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