第29話 あいつが美女で美女があいつであ
桃園さんがマハラジャ役をやりたい?
ええっ、どうして! ななな何で!!
俺は動揺を隠すように極めて冷静な口調で言った。
「そうなんだ。実は俺、美女役は桃園さんがいいと思ってたんだけど、どうしてマハラジャをやりたいの?」
桃園さんは少し黙ったあと、意を決したように話しだした。
「実は私、家が少し厳しいというか、両親から品行方正な娘であるようにずっとしつけられてきたんです」
うんうん、知ってる。桃園さんって、桃園財閥のお嬢様で育ちがいいんたけど、それがストレスになっていて、自分の殻を打ち破りたいという悩みを抱えていて奥深いキャラなんだ。
桃園さんはさらに真剣な顔になって続ける。
「そんな自分が変われる、違う自分になれる演劇が私はずっと好きで――いつの頃からか、私の将来の夢は役者になることになっていました!」
え。
いや、ちょっと待てよ!?
桃園さんが将来の夢を打ち明けるのは、小鳥遊のはずだろ?
なーんで俺なんかに将来の夢を教えちゃうんだよ!!
「だから私、本来の自分とは違う、マハラジャ役をやりたいんです!」
「そ、そう……」
参ったな。事態は思ったより深刻だ。
桃園さんが小鳥遊ではなく俺に将来の夢を語った、ということは、二人の仲が深まっていない証拠だ。
小鳥遊から桃園さんへの恋愛ゲージだけじゃなく、桃園さんから小鳥遊への恋愛ゲージも溜まっていないのだ。
どうする?
ここからどうやって巻き返せばいい?
どうやって二人の間に恋愛イベントを起こせばいいんだ!?
考えろ。考えるんだ……!
「……武田くん?」
桃園さんが心配そうに俺の顔をのぞき込む。
「だめ、ですか?」
「へ?」
桃園さんが下を向き、申し訳なさそうな顔をする。
「やっぱりダメですよね。男子部員も居るのに、それを差し置いて私なんかがマハラジャを演じちゃ――」
その時、俺の頭の中に名案が浮かんだ。
そうだ。その手があったか!
「いや、大丈夫だよ」
俺が桃園さんの肩を掴むと、桃園さんはビックリしたように体を震わせた。
「えっ、本当ですか?」
「ああ。マハラジャは桃園さんがやってもいい。その代わり、美女役は男子にやってもらう。性別を逆転させるんだ」
「なるほど。それ、面白そうですね」
桃園さんがぱあっと瞳を輝かせる。
そう。桃園さんを美女、小鳥遊を野獣にするのは無理ならば、いっその事、役柄を逆転してしまえばいい。
幸いにも、桃学には小鳥遊の女装シーンが何回か出てくるんだけど、それが結構可愛いくて、「なし子」だとか、たまにしか会えないなし子――略して「タマなし子」とかいうあだ名までつけられて、密かに人気だったりするんだよな。
人気投票でも、なし子が桃園さんの得票を上回ったほどだ。
そんなわけで小鳥遊の女装には一切問題ない。むしろ見たい。
だけど――あとは問題はどうやって小鳥遊を説得するかだな。美女役と言えば、主人公だし最初から最後まで出ずっぱりだ。
脚本で忙しいからとマハラジャ役を拒否した小鳥遊が引き受けてくれるだろうか?
よし、こうなったら――。
俺は、ひとつの賭けに打って出る事にした。
「小鳥遊!」
俺は、トイレから戻ってきた小鳥遊に声をかけた。
「どうしたの? 武田くん」
「あのさ、実は俺、劇のシナリオのいいアイディアが思いついちゃってさ――」
「えっ?」
俺は、小鳥遊の顔を真正面から見つめた。
「俺、脚本を書きたくなったんだ。だから二人で台本を書いて、どっちがいいかみんなに判断してもらおう」
そう、俺の作戦というのは、脚本を俺が書く、というもの。
そうすれば、小鳥遊は美女役に専念できるし、これで桃園さんとの仲も深まるはず。
小鳥遊の目付きが変わる。
「つまり……僕と武田くんの台本で勝負するわけだね」
俺は強い口調で言った。
「ああ、そうだ」
「いいよ、面白そうだね。受けて立とう」
こうして、俺と小鳥遊で台本コンペを一週間後にすることになった。
……とはいえ、二時間の台本をたった一週間で書けるはずもないので、だいたいのあらすじやプロット、登場人物の表なんかを作って二人でプレゼンをする感じなんだけどな。
俺は桃園さんと小鳥遊をくっつけるという目標ため、寝る間も惜しんで設定を考えた。
そして台本コンペ当日――。
小鳥遊は緊張した様子で発表を終えた。
内容は、俺に話してくれたものとさほど変わっていない。
そして次は俺の番。俺が考えた台本は、簡単に言うと、男女を逆転させ、コメディ色を強くしたものだ。
そしてラストも少し違う。ラストで王子は元のイケメンに戻るが、彼が人間の姿になるのは人前に出て公務をする時だけで、基本的にはゾウの姿でいる、という事にした。
だって、見た目は関係ないという話なのに、結局イケメンの姿になっちゃうのってなんか違う気がするしな。そこは俺の小さなこだわりだ。
「えーでは、小鳥遊くんの台本がいいと思う人」
凛子先輩が黒板の前でチョークを片手に尋ねる。
俺はゴクリと息を飲んだ。
だが手を挙げる人は誰もいなかった。
「では、武田くんの案がいい人」
全員の手が挙がる。
「では、文化祭の劇は武田くんの脚本で行きたいと思います」
こうして、文化祭は俺が脚本を書くことに決まった。
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