第28話 マハラジャは誰じゃ!?

 『アラクとミルカム(インド風美女と野獣)』とは――。


 ある日、尊大で傲慢なマハラジャが城でパーティーを開いた。


 するとパーティーに老婆がやってくる。一晩泊めてくれと言った老婆に、パーティー中だからと断ったマハラジャ。


 しかし、その老婆は実は精霊で、マハラジャに王の器があるかどうか試すために、神の司令でやってきたのだった。


 頼みを無下にされ怒った精霊は、マハラジャをゾウに変えてしまう。


 精霊はマハラジャに一輪のハスの花を渡して言う。


 このハスの花びらが全部散るまでに、真実の愛を見つけなければ、魔法が解けることはないだろう、と――。


 ***


「――以上が『インド版美女と野獣』のあらすじなんだけど、どうかな?」


 休み時間。小鳥遊がニコニコしながらシナリオ案を見せてくる。


 確かに、あらすじだけ見ればちゃんと美女と野獣だな。インドだけど。


「うん、いいんじゃない? これなら時間内に収まりそうだし、歌やダンスの見せ場もあるし」


「本当? 良かった」


 うんうん、とりあえずカレー風味の味付けにはなったが、これで小鳥遊がマハラジャ、桃園さんが美女に配役が決まってくれたら、桃学のストーリー通りにはなる。


 小鳥遊と桃園さん、今度こそ仲を深めてくれよ!


「それでなんだけど」


 小鳥遊が俺の顔を真剣な表情で見つめる。


「実はこのマハラジャ役を武田くんにやって欲しいんだ」


 は?


 一瞬頭の中が真っ白になったが、気を取り直した俺は慌てて否定をした。


「いやいや無理だし。何でまた俺に?」


 今度こそ小鳥遊と桃園さんに恋人役をやってもらいたいと思ってたのに、なんでそうなるんだよ!


「うーん、でも、マハラジャ役って出ずっぱりだろ? 僕は台本も書かなきゃいけないし大変だから」


 そこまで言って、小鳥遊は声を落とした。


「これは親友の武田くんにだから言うけど、実は僕、将来は脚本家になりたいんだ!」


「えっ」


 小鳥遊のそのセリフを聞いて、俺は衝撃を受けた。


 それは小鳥遊が脚本家になりたいという設定が原作に無かったからじゃない。


 小鳥遊が脚本家になりたいという設定やセリフは原作にちゃんとある。


 むしろそれが超重要なセリフだから問題なのだ。


 何しろ、原作では、小鳥遊が将来の夢を語るのは桃園さんの前だけのはずだった。


 それが二人の特別な関係を象徴していたはずなのに!


 それを俺の前で言っちゃうなんて、どうしてだ。


 ハッ、まさか――


 俺はもしかして小鳥遊の攻略ヒロインだった!?


 ……いやいや、落ち着け。


 俺は胸に手を当て深呼吸をした。


 考えられる要因は二つ。


 こういうことは、女の子よりも同じ男である俺の方が言いやすいというから。


 それから桃園さんと小鳥遊との仲がまだ深まっていないから。


 でも仲がそれほど深まっていないのはユウちゃんも同じだし、同じ部活で普通に仲良く話してるから、これから三年間かけてもっと仲良くなればいい。


 そうだ、小鳥遊が将来の夢を語った「初めての人」は俺が奪ってしまったが、桃園さんには「夢を語った初めての女の子」になってもらえばいいんだ。


 そうだ。そのルートに軌道修正だ!


「武田くん?」


 そんなことを考えていると、小鳥遊が心配そうに俺の顔をのぞきこんてくる。


「あ、いや、あはは。そうなんだ。実は俺も小説家になりたいと思ってた時期があってさ、何だか他人事とは思えないなーと」


「そうなんだ。今は目指してないの?」


「いや、今はオリジナルより二次創作の楽しさに目覚めちゃって、二次創作の同人活動がメインになってるんだ」


「そうだったんだ。意外だなあ」


「そ、そうか?」


「ん。でも、僕にその秘密を打ち明けてくれて嬉しいよ。これで僕らの親友としての絆もより一層深まったね」


 嬉しそうに微笑む小鳥遊。


 よし、上手いこと誤魔化したぞ。ここから軌道修正だ。


「あ、んで、さっきの話の続きだけどさ、俺は主人公って柄じゃないし、裏方の方が性に合ってるんだ。歌も踊りも下手くそだしさ。だからマハラジャ役は無理だよ」


「いやいや、そんなことないよ!」


「それに役はみんなで決めた方がいいよ。他にやりたいって立候補する奴もいるかもしれないしさ。だからあとで部活の時に相談しよう」


「うん、それもそうかもしれないね」


 小鳥遊はうなずくと、シナリオ案をクリアファイルに入れて立ち上がった。


「じゃあ僕、部活の時にみんなに配れるように、これを図書室でコピーしてくるね」


「おう。それじゃ」


 図書室へと駆けていく小鳥遊。よしよし、これでOK。あとはミカンあたりがマハラジャ役を小鳥遊に推してくれるはず!


 でも、ひょっとしたら山田がマハラジャをやりたいとか言ってきたりして。ありうるな。こうなったら裏で根回しして……。


 俺がブツブツと呟きながら考えていると、突然後ろから声をかけられる。


「あのー」


 声をかけてきたのは桃園さんだった。


「桃園さん、どうしたの?」


「あの、配役のことなんですけど、相談が」


 そこで俺はピンと来た。


 そっか。桃園さん、美女役をやりたいんだな。そりゃそうだよな。前回は、ユウちゃんに譲ったけど、今回は絶対にドレスを着て踊りたいはず。


 大丈夫だよ、俺は桃園さんの味方だから!


「あの……私、さっきの小鳥遊くんの話を聞いていて、面白いなって。それで……」


 桃園さんは初めは恥ずかしそうに下を向いたものの、意を決したように手を握り、そして叫んだ。


「あのっ、私、マハラジャ役をやりたいんです!」

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