第14話 七夕祭りに願いを―Ⅴ
「そうだろ?遼くん。出ておいでよ」
境内の奥の木がカサコソと揺れ動き、濃紺の浴衣を着たよく見慣れた顔の少年が姿を現した。明らかに怯えてしまっている。
「かずにぃ!見て!すごいねぇ!ほら、またきたよ!」というなんとも能天気な歓声が、花火が夜空に打ち上げられ、ちりばめられてゆく度にあがった。特に相手もしてやっていないが、ひとつのことに集中してしまうと、それ以外のものが頭から抜け落ちてしまう恐ろしいほどに極度な自己中心少女は、明るく染まった夜空ばかりを眺めていて、到底こちらの様子など気に掛けている訳が無かった。
このふたりを同時に見させられている僕に言わせれば彼らは奇しくも犬と猫のように対比できてしまうのだ。――これは僕の勝手なイメージだが、犬は警戒心や臆病さが好奇心に勝り、主人のもとにいて懐きやすい。逆に猫は好奇心旺盛で主などそっちのけでそのときしたいことをするようなタイプだ。そう印象づいている。――
「えっと…………?」
そうだ、遼くんだ。茂みから吸い出されて、そのまま放置されていた遼くんはこれまた野に解き放たれたばかりの鹿のように、その場にいることで精一杯で、傍から見ればただただ狼狽しているようにしか見えない、そんな感じだった。さっきから動物にばかり例えているが、別に何かのスランプであるわけではない。
「ごめん遼くん、呼び出すだけ呼び出しておいて。悪いことしちゃったね」
「いえ、気にしていませんよ、むしろありがたいぐらいです」後半は少し聞き取りにくかった。
「ならよかったんだけど。いつからここにいたの?」
「二時間くらい前からですかね」
「これは久子さんに着付けしてもらったの?」
「そうです」
「それから高橋夫妻の屋台に行ったね?」
「はい……」
「で、ここを教えてもらった、と」
「……」
遂に声も上がらなくなっていた遼くんは小さく首肯だけしていた。
行動をすべて言い当てられ、赤面している様子だったが、その実、僕が全て仕向けていたことなので、僕がメンタリストであるあけではない。当然である。
今ここで僕が何かを言うならば、遼くんに対して、というよりかは、久子さんや勝さんへの謝辞に尽きるであろう。そして、僕と栞は今日のここまでの全工程は、二人の手回しもありながらではあるが、遼くんがたどった行動をなぞっていただけに過ぎない、ということになるのだ。
実際のところ、幾度となくボロが出そうになったり、高橋夫妻と目が合うたびに笑いを堪えていたりしたが、結局は自分で蒔いたフラグを自ら回収している気分だった。存外そんなにすっきりした気分ではなかったが。
ここまでは計画通りと言っても問題ない。
ただ、ここからはアドリブだ。その上、登場人物が一堂に会した。
手助けをしてくれるガイドもNPCも存在しない。あくまでも、いつもの世界線だ。何なら、僕ももうすぐこの場にいる価値を失うだろう。
ここは二人の
「なぁ、栞」
彼女を呼んだはずなのに斜め後ろの人影がわかりやすく動いたのはなぜだろうか。
「なに?かずにぃ?今忙しいんだけど……」と言いつつ栞はこちら側に振り向いた。そして、「……?遼くん?どうしているの?」
「あー、そう。僕が呼んでおいたんだ。『しーちゃんも来るよ~』って言ったら食い付いて、来ちゃったみたい」
あはは、と空笑いをしながら誤魔化した僕。半ば挙動不審な動きを見せる遼。『しーちゃん』のあたりから一気に背筋が伸びた栞。三人が三人奇妙な姿になっていた。
「遼くん、栞に何か言いたいことがあるらしいよ。聞いてあげたら?」異様な空気を穿つ為に口を開いたが、これはこれで遼くんを極度の緊張状態に追い詰めてしまったらしい。
一方の栞は平静を保っていたが、僕に言わせれば、栞も同等程度には恥じらい、緊張しているな、と思った。
お互い暗がりの中で様子を探りあう謎の静寂が数秒。破ったのは遼くんだった。
「あのさ、しーちゃん……」遼くんが心細いながら口を開いた。
「はい……」と妙に声が裏返りながらの返事は栞。
そして、次の遼くんの言葉を待たずして栞が言い放った。
「ちょっと、かずにぃ、あっちいっててよ!」
僕はどうやらレッドカード。退場だ。やっぱり存在価値を失うことになった。
「はいはい……っと」
渋々帰路につこうかとしているときに「あの……っ」と声を掛けられた。
僕はその声の主の肩を鷲づかみにして、
「ここまでは僕の作戦勝ちさ。ここからはキミが1点をもぎ取る番だ」とだけ言い残して彼ら二人を後目に山道を下っていく。
僕の行いは正しかったと信じて。
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