第13話 七夕祭りに願いを―Ⅳ

 「またここに来ることになるとはな……」

 久子さんが先に栞にここに来るように誘導していたのだろう。

 それにしても敢えてここを選ぶとは。――栞に引っ張りまわされ、荷物を持たされたまま辿り着いたのは、結局この間のあの薄暗い雰囲気の神社だった。

 

 二年前の先日、野宿のためにここを訪れた後、現に戻ってきてから僕はこの神社について少しばかり調べてみた。

 ただ、社名もわからなければ、誰が何柱祀られているかなぞも定かでなかった。そんな廃神社について調べるのは困難を窮めるのではなかろうかと身構えて図書館からもわざわざ猫やら神社やらに関連しそうな文献を借りてきたのだが、答えはあっさりとネットの検索エンジンに引っかかった。


――もともとこの神社では副業的に養蚕を営んでいた。その蚕の天敵というのが鼠なのだとか。それで近所の野良鼠が良く荒らしに来ていたそうだ。養蚕がままならないだけにとどまらず、あたり構わず境内の柱や床を齧っていってしまうものだから当時の住職も堪えきれず、鼠退治に踏み切った。そこに用いられたのが、住職の飼っていた猫だったわけだ。彼の飼い猫をこの社に住まわせてからというもの、鼠は幾分か来る頻度が下がり、いつしかぱったりと音沙汰もなく消え去っていた。――

 例の狛猫像はその住職が趣味で建てたものらしい。

 それが奏功したのか、鼠退治の名残からか、今でも猫の拠り所になっていて、とある近隣住民がかつて飼い猫が逃げ出したときにこの神社に祈りに来たところ、三日後に社にちょこんと一匹の三毛猫が座っていたそうで。

 彼女が駅の掲示板のフリースペースに「猫戻りの神社」と名づけて紹介した頃はこの街にとどまらず、隣町にまでもそこそこの知名度をはせていたという。しかし、これももう二十年以上も前の話で、今となっては高齢の方しか知らず、若者の間での認知度は決して高いとは言えない。


 だが、こういった逸話があるくらいだから、ここで栞が、勝さんが手放した猫たちとじゃれあって過ごしていたこともだんだんと腑に落ちてきた。彼ら白猫ファミリーがここを訪れるのも理解できるし、生粋の猫好きの栞自身も、この猫戻りの神社に呼び寄せられていった、ということなのかもしれない。



「おーい、おいでー、美味しいものあげるからね。……偉いねー、みるくはいっつも元気だしね。ほら、これをあげるよ」なにやら栞が独り言をしている。

「なぁ、――――」

「ひっ!」声を掛けたら栞はしりもちをついた。

「こいつ、ミルクって言うのか?この猫も"元"勝さんの飼い猫?」

「そう……だと思う。わたしが昔ここで遊んでたときからいてるよ。るーちゃんによく似てるし、確かに勝さんのとこの子かも」


 『ミルク』という名前は栞が勝手につけたのだろうが、僕の彼(?)への印象と一致している。確かにるーちゃんと同じ白猫だがその毛色はるーちゃんのそれほど艶びやかな感じでもなく、表現するならやはり「乳白色」になるだろう。ツヤツヤ、というよりかは少し濁っていてなおかつ真っ白でこれはこれで美しい。るーちゃん派と好みが二分しそうだな、と思った。


「触ってもいいか?」と僕は訊いた。

「んー……ダメかな。だってかずにぃるーちゃんにも懐かれずに逃がしたもんね」くすりと笑って栞は言った。

 あぁ、そんなこともあったな、と僕は回想する。


―― パ――――ン…………パチパチパチ…… ――

 

 特大の円形花火が夏の夜空の静寂を穿つように堂々と打ち上げられた。

 今宵は晴天。絶好のコンディションだ。

「かずにぃ!あれ、花火ってあんなに大きいんだね!」

あ!また打ちあがった!、と栞は今まで抑えてきたであろうテンションを一気に爆発させて初めての祭りのメインイベント――星屑花火大会――を満喫している様子だった。

 さっきまであんなにじゃれていたミルクには目もくれず星ぼし散り行く空に上がる華に見とれている様子だった。

 そうなると僕も花火に負けて、栞に置いてけぼりにされているわけなのだが、この場にはミルク、僕、あともう一人、、やはり栞に放置されてしまっている。



「そうだろ?遼くん。出ておいでよ。一緒に花火を楽しもうよ」



 ドーン……パチパチ……巨大なハートを描いた桃色花火が空を彩っている。



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