第12話 七夕祭りに願いを―Ⅲ
「お前はどれだけ食べたら気が済むんだよ」
「だってどれもこれも美味しいんだもん。美味しいものを並べてるほうが悪いの!……あっ、あれも食べたい!」
初めてのお祭りとはいえいくらなんでも貪婪すぎやしないか。「ったく、話を聞け。……太っても知らんぞ」と僕はぼそっと呟いた。
「クズヤうるさい!今日はいいの!そんなこという暇があるのならクズヤはこれでも持ってて」と言い、はい、と無造作に渡された。――食べかけのベビーカステラ、溶けかけて毒池みたいな色になったかき氷、ついさっき射的の景品でもらったクマのぬいぐるみ、などなど――
要するにただのパシリというわけだ。
栞は持っていた荷物をすべて僕に託して人波の奥へと姿を眩ましていった。
「おーい、遠くに行くなよ。ただでさえ人でごった返しなんだから」
「わかってるよ。……ってかずにぃ早くこっち来て!はやく!」
「なに?聞こえないんだけど!」
僕の返事は途中で虚しく人混みでかき消されてしまった。
普段は全く狭いと感じない商店街も普段の数十倍の人間が集まり、おまけに屋台を所狭しと店の前にせり出してくるものだから通路は想像以上に狭い。
遠目で栞を探していると、彼女は五十メートルほど先で誰か店の人と会話しているようだった。
人波の中をかき分けて進まなければならないせいで、その距離はなかなか縮めることが出来ない。足繁く通っている道のはずなのにいつもの何倍も時間が掛かるし、人気の多さからもまるでまったく別の大きな祭り会場に飛び込んでしまったかのようにさえ感じられた。
「すいません、通ります。……通してください…………あのー――」
人の多さに加えて僕自身の身長が人並みにしかないが故に少しガタイのいい男が眼前にいると、通せんぼ状態になるわ、前方の視界は奪われるわで困難をいっそう極める。
「すいません……横通りまーす」…………熱っ。
口内に溶岩でも放り込まれたかのようだった。不意打ちだったので咄嗟には何が起きたのか判断できずに熱さで十数秒ほど僕はもがいていた。
「
「かずにぃ、遅いよ!ほらほら、顔上げて、久子おばちゃんのお店だよ」と聞きなれた透き通った声に従って、見上げてみると、そこにはなるほど、かの声の通り、久子おばさんと勝治さんが屋台越しに佇立していた。あと声の主―栞―も客としてそこに立っていた。
「どうだった?うちのたこ焼きは。大阪の友達直伝の業やからね」とにっかりと久子さんは言った。
「不意打ち過ぎて正直熱さしかわからなかったです……」ごめんなさい、と苦笑いを交えつつ僕は言う。
「そりゃそうじゃろ。あつあつのできたてをモットーにやっとるからね。ほい、今度はやけどせんようにじっくりと食べたらええけんね」勝さんはそう言いつつ、僕に六個入りのたこ焼きのパックを手渡された。流石焼きたて、パック越しにも熱さが伝わってきた。預けられている荷物たちのせいで持ち帰ることも出来ないのでそのまま手のひらに乗せておく。このままだと低温やけどだな、と僕は思った。
「これは俺たちからのサービスってことにしとくから、しーちゃんと仲良く食べるんよ」と勝さんは加えてにっこり笑っていた。
「いつもありがとうございます」と僕がぺこりと謝礼するのに続き、
「ありがとう!勝さん、久子おばちゃん!」と栞。栞の声がいつもより少し凛としていたような気がした。
相変わらずあの夫婦は地元愛が強く、気さくな性格だ。僕たちが彼らの店を過ぎた後、振り返ってみるとそこには長蛇の列ができていた。
今日もお世話になりっぱなしだな、と隣のごきげんそうな栞を一瞥してそう思った。
「かずにぃ、ついてきて!」
いつの間に栞にも吹き込んだのか。彼らに驚かされっぱなしの一日でもあるな、と思った。
はいはい、今行きますよーっと。
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