第10話 七夕祭りに願いを―Ⅰ

 栞が居候を初めて一週間が経った。

「ん~。ねぇ、かずにぃ、ご飯まだ?」

「ちょっとは待ってくれよ。今作ってんだから」

「ん。わかったー」

 栞の気の抜けた返事の後に僕は小さなため息をついた。

 普段料理なぞしない僕にとって、母親が仕事から帰ってこない日の晩は苦痛そのものだ。

 栞にわざわざ気を遣う必要は無さそうなので、これまで適当に野菜の炒め物やらぺペロンチーノやらを作ってやっていたのだが。「あっ。やべぇ、卵切れてるじゃん」一週間もとなると流石に冷蔵庫の中が閑散としてきていた。


 「仕方ないし、買出しにでも行くか」と僕が言うと、

「ん。行く」と栞が呼応してくれた。一方の居候猫――るーちゃんはゴロゴロと喉を鳴らして猫じゃらしで遊んでいる。今日はお留守番だな。


「じゃあ」と言って栞は立ち上がり、部屋から出て行った。

 栞は支度をするときだけなぜか自宅に帰る。流石に年頃の男子(?)の家で身支度するのには抵抗があるのだろう。

がちゃり。と玄関のドアが開く音がした。

 部屋が静まった後、また玄関から足音が聞こえるまではほんのわずかだった。

 帰っていったと思ったら五分とせずにすぐに戻ってきた。その割には寝ぼけていたぼさぼさの髪がストレートのクセの無いつややかな様に変貌していたし、ジャージ姿から白色のワンピースに着替えまで済ませていた。

「よし、じゃあ行こうか」

 声が少し裏返った。


***


 商店街には人はまばらにしかおらず決して活発だとは言えなかった。

 その中を一際目立つようにしゃらしゃらと鳴らしながら練り歩くヤツがいた。すぐ隣に。

「おい、栞、さっきから何が鳴ってるんだ?」

「ん?家の鍵……に付いてる鈴だとおもうけど」ほいっ、とこちらにそれを投げてきた。確かにこれに違いないようだが、鈴と聞いて、この間遼くんが言っていた、るーちゃんのお姉ちゃん猫――名前はユイだったかな――のことをふと思い出した。実際に見たことは無いが、栞が持っているのをユイちゃんがつけてても似合いそうな、そんな小さな銀の鈴だった。

「そうだ、るーちゃんのお姉ちゃんにも会ってみたいな」と僕がさらりと提案してみると、栞が少し俯きがちになって「う……うん?そう……だね」と曖昧で元気のないこたえが返ってきた。

 るーちゃん以外には興味が無いのか、それとも、勝さんの家の猫家族の話が心に残っているのだろうか。

 なにがともあれ、あまりこのことには触れないようにしよう、と僕自身に言い聞かせることになった、そんな栞の表情だった。


 しゃらしゃらと音の鳴る少女と供に商店街内のスーパーマーケットに立ち寄って、さっさと卵と食パンと調味料を購入して、帰路につこうとしていた。

 そのとき、隣で購入品の袋詰めを眺めていた栞が目線を奥に逸らせて言った。

「かずにぃ、来週あれ行こう」と。

 栞の視線の先は商店街の掲示板だった。そこには今日は一枚だけ貼り出されていた。


 『七夕星屑祭り 今年は縁日もパワーアップ! 花火大会もあります』


 花火のイラストを背景にしたいかにも、としか言いようの無い地域イベントのお知らせの類のそれだ。近所で行われる催しの中でははそこそこ大規模な祭りなのでここら辺に住む人以外にも隣の町ぐらいからも人々が詰め掛けてくる。

 もちろん僕らの町で知らない人はいない。

 またどうして突然。それも初めて知ったかのようなきらきらした目つきで。

「行ったことないのか?星屑に」

「うん。こういうの、友達とか彼氏とかと行くものなのかな、ってずっと思ってたから」

 しまった、と思った。

「そうか、じゃあ初参加だな?連れてってやるよ。今日の晩御飯、ニンジン残さなかったらな」

 どれだけ誤魔化せたかはわからないが、栞はくすりと笑みを浮かべて

「ん。約束だからね。絶対だからね!」と言って駆け足で商店街を突っ走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る