第8話 双子のお姉ちゃん
強くならなくちゃいけない。
遼がそう思うようになったのは小学校四年も終わりに差し掛かった頃、冬の季節だった。
遼にはきょうだいや親戚がおらず、同年代の子が身近にはいなかった。そのせいか、学校でも友達は多いとはいえなかった。しかも、数少ない友人だと思っていた子にさえ裏切られたのだ。「お前は弱虫だから」「お前と遊んでも楽しくない」って。そうやって四年の冬、仲良し四人グループからひとり、はずされる事が多くなっていった。
そのこと自体は遼にとってさして苦痛でもなかったように見えるが、母親や先生から友達関係に関して心配されることが彼の心を少しずつ抉っていった。
下校もひとりにならざるを得なくなった三月のはじめごろ、まだ寒波が襲う寒さの中、大きなダンボール箱を抱えて道に佇んでいる男を見かけた。
「勝さん、なにしてるの?」男は勝治という遼の家の近所のおじいさんだ。年は六十を優に越えているようにみえる。近所では「勝さん」という愛称で呼ばれることも多い。
「俺も年いってきたしなぁ、そろそろこの子らを自由にしちゃろうと思ってな」と言ってダンボールの中を一瞥した。遼も覗かせてもらうと、そこにはびっしりと白い毛の猫が入っていた。年端のいかないような小さなのから老いてきている親猫まで。
「全部で何匹いるの?」
「十一匹さ。毎年増えていっちゃってたみたいでね」はははっ、と勝さんは笑った。
「これ、みんな逃がしちゃうの?」
「そうだとも。ここらには優しい人が多いからこいつらにとっても快適だろうさからねぇ」
「猫がいれば、――」
「ん?どないした?」勝さんは尋ねる。
猫がいれば、オレも強くなれるかも。優しくなれるかもしれない、と遼は思ったのだ。しかし、そんな私事で猫を貰うわけにもいかない、その葛藤が声に洩れた。
「あの、オレに猫を一匹引き取らせてください」と遼が言うと、
「なんや、そんなこと悩まんでもすぐ言うてくれたらええのに。遼くんなら信用できるけんね。ええよ、好きな子もっていき」と勝さんは快諾してくれた。
ほらいっぱいおるけどみんな違うとるんよ、とダンボールを遼に差し出してきてくれたので、その中から小さめの毛玉のような猫を取り出した。
「おっ、その子は双子やけんね、お姉ちゃんはこっち」と言って同じくらいの大きさの――だけれどその首には鈴のついている猫を抱えあげた。
「そうやねぇ、一緒にこの子ら貰ってくれん?」と勝さんは遼に提案した。
「いいの?」
「もちろんさ。こっちがユイちゃんでお姉ちゃん。そっちが妹のユズちゃんね」
と言って鈴のついてる方を指差し、それから遼が抱えてるほうを指差した。
「ありがとう勝さん、オレ、こいつらの為にも強くなるよ」
そりゃ頼もしいねぇ、と言って笑顔で二匹と一人を勝さんは、見送ってから、残りの九匹の毛玉っ子にも、お前らもありがとうな、とつぶやく様に声を掛け、空のダンボールを持って家に戻った。
それから一ヵ月後、異邦の栞に出くわし、猫の存在を公に知られる頃にはユイちゃんは遼のもとを去っていた。
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