第7話 正夢アベニール
まだ足の疲労が取れていない。現在に戻ってきてから3日目になるのにまだあの野宿の疲労、その他心身的疲労は僕の身体を襲う。
ただ、今は道に突っ立っている。
どこか見覚えのある道だが、そうでない、ただの勘違いのような気もする。ここはなんだか空気が止まっているようにさえ感じる。ぴりぴりとした雰囲気を醸しているが、辺りには僕以外の人はいなく、閑散としている。そこがどこか不安感を煽り立ててくる。
あ。
目の前に白い猫。
ぐおおん、とけたたましく轟音を鳴らした鉄の塊が眼前を通り過ぎていった。
デジャヴだな、と思った。
一昨日も似た光景を目にした。実際には見ていないが。ただ、そのときは自販機であの奇妙なエナジードリンクを買って、飲んだ直後から意識外に移ったと思っている。だが今回はどうだ?家に帰ったところまでは憶えているぞ。
「あっ、おい、大丈夫か?」
思い出そうとしていたところ、背後から焦りながら悲鳴に近い声が近づいてきた。
声の主は六十代か、という程度だが、そのまま僕の前を通過し、公道に飛び出していった。
「……かわいそうに」と後方からまた別の声が聞こえた。子供の声だが、悟ったような、聡明な印象を植え付ける声だ。
「きみ、あの人の知り合い?」と尋ねてみた。
すると、うーん、とちょっと考える素振りを見せた後、「一方的に?オレはあのおじちゃんのこと知ってるよ。猫をいっぱい飼ってるんだ。白いやつさ」
白い猫。ふと脳裏に一匹の居候猫の顔が浮かんだ――
***
「おい、今何時だ?」目が覚めた。布団を思いっきり蹴飛ばし起き上がる。
ん?なんか重くないか?
見下げるともふもふの居候猫が毛布に包まっていた。
木を隠すなら森ってか。だからって白猫を隠すなら白毛布、じゃ腑抜けだろう。っていうか。コタツで丸くなる季節はまだ先ですよ。
居候少女と居候子猫が家に住み着くこと4日。もう各々の疲労やら傷やらは治ってきたのに一向に退去する気になっていない。むしろ心地よくなっているのだろう。
不快だ。そろそろ立ち退きを勧告してみよう。
「あのさぁ……あ?」
「ん?高橋さん?知らないなぁ」……。
「え!?そうなんだぁ。じゃあわたしで三人目だね」……。
「うん?そっか。じゃあね」ツーツーツー……。
調子を狂わされた。
「あのさぁ、栞?」
狼狽する栞。通話を聞かれたことが相当嫌だったのか。
「なに」と返事も素っ気無い。
「家、帰らないの?」
「ん。一人よりはカズにぃいたほうがマシ」
でも邪魔だ、なんて言えないしなぁ。子供ってだけでちょっと卑怯だな、と思う。
「そうだ、さっき何の話してたの?」
「ん……っと、遼くんにちょっとね。るーちゃんのこと聞いてたの。そしたら高橋さん?っていう人が飼っていて放したから遼くんが預かったんだって言ってた」
「そっかぁ……高橋さんかぁ…………ちょっと高橋さんとこいってくる」
「え?うん。いってらっしゃい」
後ろ半分は聞き取れなかった。
栞はまだ引っ越してきてなかったか。
高橋さんが大所帯の猫家族を飼っていて、それを逃がしたこと。
僕もそれぐらいしか知らないけど、るーちゃんのルーツを知れそう、それだけの好奇心で坂道カーブの角の高橋家へ向かった。
一日ぐらいオフの日があってもいいだろう。
「あっ、勝さんこんにちは」
「おぉ、和也くんやないか。どうしたんや?」
「栞が家に来てるんですけど、その、勝さんが昔飼ってた白猫の一匹をつれてるんです。それで、ルーツを追いたくて、つい」
「そうかそうか。俺は確かに十一匹の白猫たちを放した。だが六匹はここに帰ってきた。ほらな。で、残りのうち三匹はわからない。一匹は栞ちゃんが今かわいがってるのだ。るーちゃんだったかな?そして最後の一匹は、いや、最初の一匹は放した直後にトラックに轢かれたんよ」
息を呑んで聞いていたが、よく知っているし、地域にも精通しているんだとよくわかった。
だが、トラックに轢かれた、といったところで背筋が凍った。
デジャヴのデジャブだ。正夢だったのか、と少しおぞましくも思えてきた。
「あの、轢かれた猫がいるって誰か知っていますか?」恐る恐るではあるが聞いてみた。確か、僕が見た夢には子供のような目撃者がいたはずだ。
「え?うん。いたっちゅうてもねぇ、ほらあそこ。毎日よ、毎日来とるよ」
そういって勝治さんが指差した先には土が盛ってあってその中央に木の板が刺さっている。そして、その前にしゃがんでいるのは。
はっとしてから納得もした。あれは正夢だった。
「なぁ、遼くん。」
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