第6話 カフェイン50mg配合

 「あっっぢいぃ~~!」

 二年のブランクを経た今年の夏はこんなにも暑く感じるものなのか。日差しは照りに照っているくせに風は一切通さない。おまけに正午近くと来た。例の路地の突き当たりに放り出された僕らにこの紫外線共を遮る術はないらしい。

 横で寝ている少女は何かにうなされているかのような呻き声をさっきから漏らしている。夏風邪だな、こりゃ。中一文化部(推定)にはこの屋外猛暑は堪えるだろう。僕のミスだな、と責任感を少し感じた。帰って看病ぐらいしてやるか。断られそうだけど。

 影の奥からゴロゴロ……とのどを鳴らす音がした。この暑さじゃ猫もひとたまりもないのだろうな、と思う。

 あ。

「るーちゃん見っけ」


 

 風邪の女の子を放っておくわけにも行かないのでとりあえず僕の部屋まで運び込んでおいた。憔悴し切っている。過去に戻っていた間の疲れは継続されているのか。

 何か食べられるものは無いかと部屋をあちこち物色していると「ふぇぁ……」となんとも気の抜けた声がした。

「あぁ、やっと起きたか。気分はどうだ?」

「ん……っと、なんか体が重たい」

「そうか。疲れてるんだろうな。何か食べられそうか?」

「……ん」

「賞味期限切れた菓子パンと冷めた卵焼き、どっちがいい?」

「は……?ふざけないでカズ……にぃ…………」

ぱたり、と倒れてまたすーすーと寝息を立て始めた。

もちろん、提示した二品は僕が食した。

「弱っていると素直だよなぁ……」


 

 栞を放置したまま講義を受けに入ったが大丈夫だろうか。一応早く帰ってやるか。

 だが、僕の足も相当キているようで、いつもの坂道が三倍ぐらい急で長いように感じた。ゴロゴロー……と遠くで誰かの―若しくは野良の―猫が鳴いている。

 おかえりコールを受けながらなんとかコンビニを過ぎたところで、自販機に足を向けた。でかでかとしたビビットカラーの広告。新商品が入ったらしい。――エナジードリンク 仕事や勉強で疲れたアナタの体に――

 ガコン。まんまと広告に嵌った。実際、少しは興味もあったからよしとしよう。美味しければ、の話だが。

 プシュッ、と缶を開けたその飲み口から垣間見える中身の一部だけで、毒々しい色の液体であることは判断できた。ツンと鼻にくる匂いも相まって飲むのを躊躇ったが、目を瞑って一気に飲み干そうと試みた。

「うえっ……まっずいなぁ。何が入っ…………」



 目が醒めた。よほど不味かったのだろう。何も覚えていない。それにここはどうして急カーブの坂道の脇に僕が立っているんだ?自販機はもっと先じゃあなかったか?

 思考が巡らない。落ち着こう。と、ぼうっとしたその瞬間を狙ったかのようにびいいいい、とクラクションが鳴り、ハイビームが目に刺さった。きゅるきゅるとブレーキとスリップ音をけたたましくならして大型トラックが僕の目の前を曲がっていった。

「ったく……あぶねえ運転だな、ありゃ」静寂を取り戻した夜道に独り言を投げつけた―――



「……ぇ。――さん。おにいさん?」

「……はい?」目をこすりながら声の主のほうを向くと警官が一人。

「ったく。学生さん?勉強はいいけど、夜道で野宿はやめたほうが良いと思うぞ」とめんどくさそうに冗談めかしく注意してその警官は自転車に乗って坂を下っていった。「……うっとおしかったろうな」そう思った。


 トラックが通り過ぎた後の静寂から場面は一転し、また自販機の横に戻っていた。寝ていたらしいが。

 さっきの警官は本物なのだろう。妙ににんにく臭かったし、大衆中華料理店なら交番の近くにある。そうなるとさっきのトラックのシーンはなんだったのか。わずか二、三分ほどの出来事に感じたが、あれは幻覚か夢かその類なのだろうか。

ええい。考える気力も沸かない。こういうときはとりあえずユメ、で解決しておけ。半ば強引に思考回路を断った。

 

 うにゃー、うにゃー、と白い猫が傍で鳴いている。咥えているのはさっき僕が飲んだエナジードリンクの空き缶じゃないか。あんなものの何が美味しいのか。しかし猫にしたら僕が気に入らないらしく、

うー……にゃああー!とこちらを威嚇してきた。

 

 あぁ、もう、興奮した猫は嫌いだ。


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