第3話 接触
初夏というのにはあまりにも想像し難い炎天下、真っ白の毛玉に、紅の斑点がぽつりぽつり。小粒の雫がそれらに降っている。もう慣れた出来事なのだろう、運命を悟ったようま神妙な顔つきで目の前の少女を睨んでいる少年。
「るーちゃんはお前らのおもちゃじゃねぇ!!」
4人のうち3人は「誰だよ」とか「へへっ、今日はおしまいだ」とか言いながらヘラヘラした態度のまま駆けて逃げ去っていった。
ただ一人、呆然としているのか、不思議な顔のまま栞のことをるーちゃんと交互に見つめる少年。その場に台風一過の静けさのようなものが漂う。角の電柱から覗いているため詳しくはわからないが、かすかに少年の唇が動いたかと思うと彼はるーちゃんの入ったダンボールを抱えて背を向け、歩み始めた。
刹那、ほんの十数秒の出来事だったと思う。傍観者の僕にさえ数分に感じた一連の事件は、当事者や当事者に突っ込んだ張本人―栞―たちにとったらもっともっと長く感じていたであろうし、その惨劇は静かに手を引いたと思われる。
「おい栞」
「……なんだよ」すごく不機嫌そうな声で返事をして振り返ったが、こちらもすごく気が重くなる顔をしていたせいか、栞はしゅんと顔を伏せた。
「あいつ、最後なんつった?」
「いつものことだからほっといてくれって。あいつ、私が転校してきてこっちの小学校来てから初めて喋りかけてくれた同級生。」
「そうだったのか……。彼のそばにいた猫は」言葉を遮るようにして、
「ん。るーちゃんだった。たぶん私が見つけて遊ぶようになる前の飼い主だと思う。」と栞。
正直、最初はこの年の人間とは接触しないほうが良いかと思って突入を躊躇ったが、栞が彼らに叫び、そのうちの一人と会話まで交わした今、じゃあ手助けしてやろうか、やれるとこまで、と内心開き直りながらも考えていた。そこで、
「栞、復讐と和解ならどっちが好きだ?」
「とりあえずまぁ、どこで寝るか考えようか」
そうだ。ここは二年前であって、僕らの家は二年前の僕らが使用しているからのしのしと部屋にあがるわけにも行かない。これは急務なのだ。
「なぁ栞、おまえどっかしらねぇ?」と言い終わるが早いか、
「あっち。」栞が突然指差したのは坂の上の商店街……の端っこ?のあたり。
「商店街に行くのか?」
「んん。その横の山。神社があるの。そこなら誰にも見られないし寝ることだって出来る。静かだし……」
へぇ、知らなかった。二十年近くこの小さな町に住み続けてるっていうのにまだ知らない神社があったなんて。とりあえずそれが最善策のような気がする。僕もあいにく何も思いつかない。
「そんなところがあったのか。じゃあそうしてみるか……。栞、案内してもらっていいか?」
「ん。わかった」
僕はあまりにも知らなかったことに驚いていて、道中、栞は裏道なるものが見えて、そんな別世界に連れて行かれるのではないか、なんていうこっちのほうが非現実だ、なんて言われそうな想像をしていたが、現実はすごくすごくシンプルで、あまりに単純すぎて見失っていそうな、「路地」を歩いて山を上る。そりゃそうだ。それだけで例の神社に辿り着いてしまっていた。
「和也、着いたよ」といわれて見渡しても塗装がはげて中の石柱に苔がこびりついているような鳥居とボロ空き家みたいな本堂がぽつりとあるだけで周囲は木々にびっちり覆われている。本当に言ってた通りの静かさではあるが。
「お、おう……ここで寝るのか」薄気味悪い。小声で愚痴ったつもりだったが、
「そうよ。ここで寝るの。」ときっぱり。
「虫とか怖くないの?その……一応女の子だし?」
「はぁ?何言ってんのクズヤ。あたしはいつもここで寝てたのよ」
「……は?何で?」まだまだ収まらない。僕の頭にはクエスチョンマークが四つも五つも飛んでいる。
「るーちゃんがここに棲んでいたからよ。たまたまここに来たときに見つけて、一日中遊んでたのよ。悪い?」
「そうやって出会ってたのか……」
僕なんかより圧倒的にいろいろなことを経験している。そう確信したところで頭のクエスチョンマークが幾つかエクスクラメーションマークへ変化した。今回の件、るーちゃんが一噛みしていることだし、栞に任せてみようか、そう考えた。
「なぁ栞。明日、あの少年と話をしてみてくれないか?」
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