第2話 るーちゃんって人形じゃないからね。
「おいロリコン」
いきなり恐れてた言葉をぶん投げてきた。
今日も今日とて白猫と戯れる少女に本日、ついに接触することに成功した。
が、相手の機嫌は最低だろう。
「こいつがるーちゃんか?」恐る恐る口をきいてみる。
「……そ。だから何?」
「いや別に何ってことはないけど僕にも触らせてほしいなぁって思っただけ」
「あっそ。……なに、聞いてこないの」
「へ?何を聞くって?」
「名前だよ!あたしの!」
半ばキレられてはいたがわざわざシラを切って正解だった。なんだ、中学生(推定)ってのは意外とちょろいな。
「あぁそうだった。教えてくれるのか?」
「どうせ聞くまで帰る気ないんでしょ」
これはこれはツンデレさんなこと。
「では、教えてもらおうか。」
どうして名前ひとつでこんな大袈裟になっているのか。(原因は僕にあるのは確実だけれど)ちょっと楽しんでたし、彼女のツンデレっぷりを知れたので何も文句はない。
「しおり。新田栞。」
「へぇ。じゃあ栞ちゃんでいいか?」
「はぁ?お前に呼ばれたくないんだけど」
「いやいや、年上だし。お前じゃねぇ。名前あるし。」そこじゃねぇだろって十中八九突っ込まれるいう返しをしてしまった。
「じゃあお前の名前も教えろよ。」
「和也。皆川和也だよ」
「じゃあお前はクズヤな。」けらけらと自分で自分に大ウケしていたが、さらっと罵倒されたのはいただけないな。
「なぁクズヤ、猫、好き?」
間髪いれずに質問を飛ばしてきた。がこれはチャンスだ。多分。
「あぁ。るーちゃん、触らせてくれないか?」
「……ん。」と腕を伸ばしてこちらに寄越してきた。その腕が華奢で白っぽい。こんなところに目がいくからロリコン認定されてしまうのだが、これについては不可抗力なので仕方がない。
目の前に真っ白な毛並み揃えた、野良とは思えないような白猫が迫っていた。
「早く触れよ」
多少イライラされてはいるもののここは素直にるーちゃんの頭の辺りを撫でてみる。柔らかい。ふわふわだ。わたがしのよう、とはよく言われるけどまさかここまでとは。
ずっと撫でていたかったが、ふと僕の右手が空を切っていることに気づく。
「おい!なにしてんだよ」
例の金切り声で叫ぶ隣の少女―栞―。
どうやらるーちゃんが逃げ出したようだ。それも僕のせいで。
しかたねぇ。
「おい、追っかけるぞ。」
ぐっ、と栞の細い腕を掴み、正面の路地裏へと駆け込んだ。
生まれたときからこの町に住んでいるが、こんな路地に入るのは初めてだ。
「なぁ、るーちゃんの住処は?」
「……わからない。」
完全に思いつきで駆け出したがどこにいるかなんて皆目見当もつかない。
昼間なのに薄暗がりの狭い路をほつき歩いていると、そこは行き止まりだった。
結局ここまでにるーちゃんの手がかりすら見当たらなかった。
「……もう帰ろうよ」とここまで引っ張りまわされていた栞が口を開いた。
「そうだな。戻ろうか」
まったく、どこに姿を眩ましたんだか。
***
暗い路地から出た瞬間陽が差してきたので目の前が一瞬真っ白になってしまった。
ぐい、ぐい、と栞が腰の辺りを引っ張ってくる。
「ねぇ、これ、今の家じゃない。」
……は?
「これ、去年枯れたの」
栞が指差したのは彼女の家の玄関に植わってあるフウセンカズラだった。白い花がぽつぽつと咲き出している。
「……つまりここは?」
「でもこれはわたしの家。でも一昨年のわたしの家」
「二年前に戻されたってか。はははっ……」もう一回現役受験できるじゃないか、なんて悪夢を想起してしまったが、これは受け入れるしかないのだろう。
「でもまたなんで二年前なんだ……?」
と、僕の疑問を遮るようにミャー、ミャーと聞いたことのある鳴き声が聞こえた。
「るー……!」
鳴き声が聞こえるや否や反応したのは栞だった。交差点のほうへ駆けていくので僕も追いかける。
「――――」妙に高い少年のような声も混じって聞こえている。
「待て!」思わず声をかける。現在の僕らが去年の彼らに接触するのは好ましくないだろう。何かあるまでは陰で見守っておきたい。
「あれ、るーちゃんだ」
栞が見つめる先にはダンボールに入っているるーちゃんとそれを取り囲む4人の少年たち。彼らは手に何か持っているようだが。
と一瞬。目を逸らした刹那、矢のようにいっせいに小石を投げ出していた。
「……んっ」
声にもならないような音を漏らした栞。
それもそうだろうが、僕はまだ状況が飲み込めていなかった。
彼らは何がしたいんだ?虐めるのが楽しいのか?それとも――
「るーちゃんはお前らのおもちゃじゃねぇ!!」
目を離した隙に全速力で栞は少年たちの元へ駆けていた。
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