少年が愛した子猫

氷坂肇

第1話 家の裏の家の少女

ペットブームなるものが近年起きているそうだ。特に小動物――爬虫類や、ウサギ、ハムスター、猫など…――が人気らしい。理由の一つには飼いやすい、というのが付きまとっているのだろう。購入価格も比較的安く(命の価格を比較するとなると少々心が痛いが)、飼育も容易だから、ということだろう。それに加えて転勤族が増えた今の日本人にとって、ペットという存在は引っ越すたびに毎回毎回頭を悩ませる要因になってしまっているのではなかろうか。そうなると、やはり、手放しやすい小動物に人気が寄るのも納得である。感情論派には喧嘩を売っているとみなされそうな非情な話かもしれないが、ペットを飼う以上、そのような事態も折り込み済みなのだろう。そうだとすればこれは非常に合理的な判断で、必然の人気になっているのではないか。

しかし、手放すとなると、小動物でも少しは手間がかかる。僕は近所に白猫を飼っていた年寄りがいることを知っていたが、ここ最近、道端でも時折白猫を見かけることから、いよいよ放したんだな、と感じていたのだ。

そう、逃がすにしても引き取り手がいないとなると彼らペットたちには自然と"野良"という冠詞が付いてくるようになる。


そんな"野良"猫と"野良"少女のお話である。



 夜10時。僕は近所の予備校から帰って来る帰りに最寄りのコンビニで消費期限ギリギリで二割引になっていた菓子パンを買って家に向かった。

 自転車を飛ばして家の目の前まで来ると、ミャー、ミャーとどこからか猫が鳴いて出迎えてくれる。ここ数ヶ月こんな感じだの歓迎を受けている。理由は簡単で、よく知っている。

 今年に入って僕の家の裏の女の子が表の道路で猫とじゃれ合ってるのをよく目にする。こんな光景を見れるのは浪人生だからこそなのだが、その女の子が不登校であることも相まってるのはちょっとどうかと思う。


 次の日の朝、というよりお昼、僕が起床した頃にはいつものように家の前からゴロゴロと猫が喉を鳴らしているのが聞こえてきた。

 いつも近くにいる少女に声をかけてみようかと考えるのだが、誰も見てないにしても、自分がロリコン認定されてしまいそうでビビって声を掛けれずにいる。

 機会を伺ってるのは否定しないが。


 日が落ちてきた頃に家を出てカーブの坂道を降ってゆく。予備校通いも現役時代から含めると3年目に突入する。もうこの道も慣れたもんだ。

 いつものように予備校へ行き、講義を受け、同じ道を次は登って帰る。

 自転車が悲鳴を上げそうなのでコンビニに一旦よって、サイダーを買って店の前で飲んでいた。かわいた喉には安っぽいしゅわしゅわがよく沁みて気持ちいい。と、その瞬間眼前に駐輪した女の子に既視感を覚えた。すたすたと店内に入っていったが、間違いない。例の少女だ。

 サイダーと神様にありがとう。と伝えて店内へ、僕。

 「なぁ」と彼女に声をかけてみる。声が裏返りそうだったのは許してくれ。とか思っていると、

「ふぇぁっ!?」と向こうの方が変なところから声が出ていた。

笑いが込み上げそうな所を押さえ込んで、彼女の文句を聞く。

「ん……。お前、っ……ええええ?何でここにいるのよ!この場から消えろ!今すぐに!」

 キンキンと威勢のいい事よ。睨みつけてきたがそれもかわいい。(いや、ロリコンではないけれど。)

 「まぁまぁ。僕の顔を知ってるなら話も早いね。……っと、きみの名前は?」

「は?教ねーよ。」キレられた。

「じゃあ…その白い猫の名前は?」

「……。るーちゃん。」よし。目的遂行完了だ。

「じゃあ明日のお昼、るーちゃんに会いに行くよ。明日にはきみの名前、教えてもらうからな」自分なりの最大級の笑顔を振りまいて置いた。


 「うっわあああきもちわりぃいいい!」

自分で自分に言い聞かせるように全速力で自転車を漕いで家に駆け帰った。


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