僕の浮気相手はバンドマン

cp.1

 好きな食べ物はオムライス。

ケチャップ色に染められたご飯が、温かく……そして優しく包まれたタマゴの絶妙なバランス……。

もっと好きなのは彼女。

優しいし気が利く。なによりなんでも許してくれるところがすごく心地よい。

そしてなにより愛してやまないのは、浮気相手。

歌が上手い。ギターもそこそこ。

僕の激推しフォーピースバンドの"ネコネグラ"のボーカルでもある。

……あと可愛い。

彼女たちは、デビューのときから人気はあったらしい。

彼女と言っても、浮気相手のことだけど。

ここでは「ウワキ」と呼ばせてもらおうか。

そのバンドは、繊細ながらもどこか力強い演奏に、ウワキの独特な歌が混ざって気持ちいいという言葉では表せない「音」が体に入ってくるのが身に染みてわかる。

地方のライブにも駆けつけるほどのファンもすでについており、人気爆発中のネコネグラは半年後のデビューも決まっているほど。

なんでそんなウワキと、ごくごく平凡な僕が知り合うことになったのか知りたい？

じゃあちょっと語らせてほしいな。

お耳……いや、"お目目汚し"、失礼。

ーーー……

>>最近ちょっと思い悩むことがあって聞いて欲しいんだけど。

暇つぶしに待機してたチャットに入室してきたウワキはそう言った。

もちろんこのときが初対面で、顔も素性も知らない相手に悩みを聞いてほしいなんて。

入室したらまず挨拶だろ、といつもなら思うんだけど、この時の僕はなんだか気になって相手しようと思ったのが、後の浮気に発展するわけであって。

なにかあった？聞くことしか出来ないと思うけど、話くらいなら聞くよ。<<

返信したのに返信が無い。

何度も言うけど、いつもの僕ならほんとに相手にしてなかったと思う。

ただこの時、なぜだか返信が待ち遠しくて。

>>男？

散々待ったのになんだよこいつ。

たまにいるんだよね、まず性別か年齢聞いてくるカラダ目的の変態ヤロー達がね。同じ男のくくりされてるのが腹立た……

>>男の方が話しやすいんだけど、マジで相談乗ってくれない？誰かに話聞いてくれないとどうにかなっちゃいそうなんだよね。

……。

正直この時、僕は画面に向かって驚いた顔をしてたんだと思う。

本当に困ってるのが文字でひしひしと伝わってくるのがわかった。

特に僕も忙しいわけでもなかったし、退屈してたから乗っちゃったんだよね。

聞くことしか出来ないなんて言いながら、真面目に聞いて、真面目に答える僕がいた。

体感で言うと1時間くらい話していたと思う。もしかしたらそれより短かったかもしれない。

話はバンドのボーカルをしてること。

良い曲が書けないこと。

バンド辞めたいこと。

>>ほんとに良い曲なんて書いても聞いてくれる人なんていないんだよね、結局。

そんなに言うなら次いつか教えてよ。行くから。ライブ。<<

話を聞いてるうちに熱くなりすぎてついつい言ってしまった。

考えるより先に、僕の指がタイプしていたことは否めない。認めよう。

返事が止まったし、退室されるかなって普通に思った。

>>いいよ。明日なんだ。おいでよ。

今更思う。

行ってよかったよ、ライブ。