Ride 15

 三人のバイクさばきにより、組員は一人また一人と撃沈していく。銃は強力でも当たらなければ意味がない。おまけに三人がフォローをし合い、的を絞らせなかった。誰かを狙おうとしたら他のところから突進があり、その連係は敵の数が減るとともに精度を増した。

 残るは傷痕の男が一人。

 壁際に寄った彼が恐怖したように震えて拳銃を構えている。

「な、何者なんだ、テッ、テメェらは……」

「言ったでしょ、ハネウマだって」

 魅希の発言に合わせて麗華がバッと旗を広げた。本心から恥ずかしいからやめてほしかったが、彼を精神的に追い詰めるのに効果を発揮したようだ。

 彼がトリガーを引く。カチカチと虚しい響きがあるのみで弾丸は射出されない。弾切れなのは確認済みだった。武器のない生身の人間なんてバイクに乗った魅希には赤子にしか見えない。

 ボストンバッグを持ち上げてみせる。

「ねぇ、ここにあるの全部でいくらぐらいになるの」

「上手く売りさばけば億はくだらねぇ。だからそれだけは勘弁してくれ、大事な商品なんだ」

「ふぅん、大事ねぇ」

 小ビンを一つ取って中身を目視する。サイズも形も普通の蚊だ。その小さな眼だけが紫になっていて異質である。こんなのにお金を出す者の気持ちは理解しにくかった。

 終わったぜ、と夜駒と麗華が戻る。倉庫内にいたヤクザ全員を後ろ手に結束バンドで縛っている。足も同様にだ。左右の親指を固定するだけで彼らは動けなくなった。

 傷痕の男も同じように縛って動けなくする。

「おい、まさか持ち逃げするつもりじゃねぇだろうなっ!」

「そんなことしないわ」

 言いながらも三人は手分けしてボストンバッグを出入り口へ運んだ。バイクも一緒に退避する。倉庫内には芋虫みたいになったヤクザがのた打ち回っていた。

 まさか、と傷痕の男が呟く。

 魅希は両手いっぱいに小ビンを持ってニヤリとした。

「そう、そのまさかだったりして、ねっ!」

 語尾を強くし、奥へ向かって投げつけた。小ビンが木っ端微塵に砕け散る。

 男が絶叫した。それを合図に麗華と夜駒も小ビンを宙へ放つ。断続的に割れる音は小気味良かった。そのたびに蚊が空間に飛び立つ。──ものの一、二分でそれは終わった。

 遠目にもモスドラの大群がヤクザに襲いかかるのが見える。

 魅希は鉄製の戸を閉めた。カギは閉めなくとも、あの状態ではどうせ出てこられない。

 外には畏怖したような態度のBBマリオネットがいた。銃に立ち向かい、挙句の果てに掃討し尽くした魅希達は常識外の存在に映るらしい。ほとんど押し出されるように千秋が前へ現れた。彼女はよたつきながら、サイドテールにした金髪を撫でるように整える。

 落ち着きなさそうにし、チラチラと視線を向けてきた。

「あ、あの、あり、ありがとう、ございました……」

「別にアンタ達のためにやったことじゃないから礼はいらないわ」

 彼らを助ける形になったのはたまたまだ。千秋は利用しているつもりだっただろうが、本来は魅希が単独でやろうとしていたことである。突入時に多勢で突撃し、混乱を発生させられたのは大きかった。これでしばらく獅道会もおとなしくなるだろう。

 そうそう、と魅希は付け加えてニコリとする。

「今度、モスドラやそれに似た物を流そうとしたらアタシを敵に回すと思ってね」

「も、もうそんなことしません。すみませんでした」

 深々と頭を下げたあと彼女は夜駒へ向き直る。

 胸の前で手をモジモジさせ、ためらうように声を発した。

「私、コマちゃんとやり直したい。私とBBマリオネットにはコマちゃんが必要なの」

 現ヘッドと彼女は付き合っているはずだった。彼の方も今回のことがあって力不足を痛感しているらしく、なにも文句を言おうとしていない。

 ロングのウルフカットをワシワシと掻いた夜駒がオホンと咳払いし、なぜか魅希に寄り添ってくる。腕を伸ばし、肩を組んできた。

「実はこういうことなんだ。ワリィな」

「はぁっ? こういうことって──ングッ!?」

 抗議しようとしたら口を塞がれた。

 千秋は悲しげに微笑み、また一度頭を下げると背を向ける。ギャング連中を従えて彼女は暗闇に包まれていった。波の弾ける音が周辺に漂う。

 夜駒は遠い目をしていた。千秋のことを想い返しているかのようだ。

「これでいい、これで良かったんだ──ギャッ!」

 夜駒の手を噛んでやった。

「いつまでくっついてんのよ」

「そうですわ、くっついていいのはワタクシだけですわっ!」

 クッキリ残った歯形へ息を吹きかける彼を麗華がゲシゲシと蹴る。

「アンタはもっとダメよ」

「なんでですのっ!?」

「嫌いだから」

「単刀直入すぎますわあぁ~っ!」

 彼女は泣いてバイクに乗っていってしまう。お疲れさ~ん、と魅希は手を振った。

 夜駒の背を叩く。

「アンタもお疲れ。来てくれて助かったわ」

「俺は魅希ちゃんのためなら火の中水の中だよ」

「じゃあ次、火の中を来てね」

「あ、やっぱ前言撤回していいかな……?」

 彼が顔を青ざめさせる。

 冗談よ、と魅希は失笑した。

「あのコのことは吹っ切れたの?」

「おかげさまで。俺、アイツのこと大嫌いだけど大好きだったわ」

「じゃなかったら来ないでしょ」

 気にしていないふうでいて単独で彼女について調べていたのだろう。別れたからといって人間の感情はそう簡単には断ち切れない。それが人間らしさというものだった。

 よぉし帰るかー、と夜駒が紙の束になにげなく目を通していく。

「なに見てんの?」

「なんか倉庫にあったからモスドラと一緒に持ってきたんだ。ゴミだろうけど、一応なぁ」

 中には茶封筒のような物もあったりして重要そうな雰囲気はあった。ざっとチェックしていっては捨てる。

 その手が止まった。彼の目つきが真剣なものに変わる。

「なんだよ、これ。どうしてこんな物がここにあんだよ」

 薬についての詳細が記してあった。成分や効能、構造も細かくある。さらに試行錯誤の過程を記録したデータまで載っていた。世に出ていない新薬だ。本来、関係者しか所持していないような物をどうしてヤクザが持っていたのか。

 しかしそのぐらいでは夜駒も深刻そうにしないだろう。

「この薬、親父とおふくろが開発してるんだ。前に家で全く同じ内容のを見た」

「アルマハト製薬の書類? どうして獅道会が持ってんのよ」

 分からない、と彼は首を振る。否、彼は感づいているから難しい顔をしているのだろう。アルマハト製薬は獅道会と繋がりがあった。それが意味するところは、真っ当なことばかりをしているのではないということである。

 夜駒が足元に転がった小ビンをつまんだ。投げ損ねた物だ。

「俺、見たことがある」

「それって、アンタもしかして」

「年末年始の大掃除のときに家で見つけたんだ。あのときはモスドラのことも知らなかったから、なんだこれって思って捨てたんだけどさ」

 頬をつねってやると、イテテテッ、と彼は叫んだ。

「アンタがもっと早く思い出せば大本のところ調査できたじゃないのよっ!」

「ごめんよ、それ以上は頬っぺた伸びちゃうよっ!」

「でも決まりね、アルマハト製薬はほぼ黒よ。あそこならモスドラを開発するのも可能でしょ」

 獅道会がモスドラを生産しているのかと考えたことがあったが、ヤクザ風情がそんな専門的なことに手を出すのは無理だ。獅道会は仲介に過ぎない。施設で生産し、裏社会に流して資金を増やしているのだろう。確証はなくとも夜駒の話と合わせて状況証拠が揃いすぎていた。

 頬から手を離すと夜駒は赤くなった肌をさすった。

「アルマハト製薬も潰そうってのかい」

「今回みたいにはいかないだろうけどね。根本をどうにかしないとまたアタシが悪の権化みたいに言われるでしょ。まずはもっともっと情報収集をしないと」

「どっから? セキュリティすごいぜ、あそこ」

「ん~、梨緒にハッキングをお願いするとか」

「ネットは最もダメだ。足跡辿られて梨緒ちゃんが捕まっちゃうさ」

 乾いた音と呻きが聞こえる。ヤクザの乗ってきた車の陰から銃を持った男が出てきて倒れこんだ。どうやら外に残って隠れていたらしい。

 その後ろから電灯に照らされた小さな影が姿を現す。銀髪頭に口元には八重歯、白の半袖パーカーと黒いハーフパンツを着ていた。

「僕が説明するよ、アルマハト製薬の闇を」

「アンタ、死んだんじゃなかったの。幽霊?」

 どこからどう見ても澄井涼斗だ。夢を見ているのではないかと思って魅希は何度も目をこする。ついでに夜駒の頬をまたつねってみるとすごく痛がった。やはり夢ではない。

 幽霊は足ないよ、と彼は少年らしい笑みを浮かべる。

「あれは僕だけど僕じゃないんだ」

 言っている意味がよく分からなかった。彼は確かに目の前で炭になって消失したのだ。

「お姉ちゃん、また人助けしたんでしょ」

「人助けっていうか、まぁ、似たようなことはね」

「面白いなぁ、人間って。親兄弟を殺したりするくせに、他人を救ったりするんだもんね」

 クスクスとおかしそうに笑っている。

 魅希は油断をしなかった。

「一つ訊かせて。アンタは味方? それとも敵?」

 うーん、と考えた彼はこめかみに人差し指を当てる。

「少なくとも敵じゃないよ。僕、組織抜けてきちゃった」

 ほら、と言って左手首を見せる。そこにはなにかがハマッていたかのようなリング状の赤いヘコみができていた。無理矢理に引き剥がしたようで軽く出血もしている。

「バングルないでしょ? あれがあると本部に居場所とか思考とか映像とか全部がダダ漏れになっちゃうんだ」

「アンタって、何者なの?」

「僕はアルマハト製薬が生産した澄井涼斗のクローン。製造番号Boy九○二だよ」

 SFの世界にでも迷いこんだ気分になる。だがクローン技術は昔からあったし、天才を集結させたあの会社であればこのぐらいのことは平然とやるだろう。

「前に会った涼斗のデータをアンタが引き継いでるってことでいいのね?」

「そうだよ、お姉ちゃんにカブト虫を採ってもらったのだって覚えてるもん」

 あのときの彼ではないのにこちらを知っているというのは奇妙な感覚だった。深く考えると接しにくくなりそうだ。過去と現在、同一人物として扱っても問題ないだろう。

「けど大丈夫なの? 裏切りみたいなもんでしょ? きっとアンタ、ただじゃ済まないわよ」

「しょうがないよ。Boy九○五のデータが送られてきて、どうしても気になっちゃったんだ。自分を犠牲にして他人のために動くってどんな気持ちか知りたいんだよ」

 どこまでも無邪気な少年だ。魅希と夜駒は顔を見合わせて肩をすくめる。アルマハト製薬のことをかなり知っているようだし、はいそうですか、と放置するわけにもいかなかった。

 バイクにまたがった魅希は微笑し、メットを涼斗に渡す。

「乗って。乗せてあげるって約束でしょ」

 彼は目をパチクリさせ、うんっ、と力強く肯いた。

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