Ride 14

 千秋に夜駒と話した内容を一通り報告する。彼は相変わらず協力の姿勢を示さなかった。千秋もまた本人に頭を下げてみると言い、駅前で別れる。彼女は改札を通過していった。

 帰ると見せかけてあとをつける魅希はつかず離れずで電車に乗る。いくらなんでも夜駒の頑なな態度はおかしかった。これだけお願いをしているのに千秋と話すのすら拒んでいる。逆に、彼女にとんでもない原因があるのではと疑念が生まれた。

 渋谷でも原宿でもなく降りたのは都心を少しだけ外れた駅だった。

 寂れた商店街を通っていき、住宅も混ざった通りに一軒の喫茶店がある。レトロな雰囲気の店で、こじんまりとしていた。金持ちのお嬢様が通うようなところではない。千秋は躊躇なく慣れた様子で入店した。

 窓ガラス越しに中を覗く。そこではヤンチャそうな若者グループが一角のテーブルを陣取っていた。みんなしてダボダボな服装を着ている。ただ一人、明らかに異質な男がいて彼らを叱咤していた。千秋がペコペコと頭を下げている。

 ガラスに耳を当てて聴覚を研ぎ澄ます。かすかに声が聞こえた。

「三日待ってやる。三日後までに金を用意できなけりゃどうなるか分かってんだろうな」

 返事を待たないで彼が店を出てきた。頭は整髪料で固め、ストライプのスーツからはワイシャツの襟を出している。ざっくりと開けた胸元には金のネックレスがあった。眼光は鋭く、頬に過去のものと思われる切った傷痕がある。

 魅希はスマホで調べ物をするフリをしてやりすごした。ヤクザに脅迫されているのは本当らしい。喫茶店内にいる集団については聞いた覚えがなかった。いかにも裏がありそうだ。

 魅希がドアを押し開くと鈴の音が鳴った。

 気づいた千秋が一瞬驚き、慌ててみんなへ魅希を紹介する。

「友達ってギャングのことだったのね」

「黙っててごめんなさい。ギャングなんて言うと信用してもらえないと思ったの」

 いかつい青年が五人いた。風格からして幹部かなにかなのだろう。服の色は黒に統一されていて、体のどこかしらに操り人形を表すようなシンボルマークがあった。

「『BBマリオネット』って言うの。普通に遊んでたらバックについてやるって獅道会に目をつけられて、みかじめ料とか適当な因縁をつけてきてお金取られたりして……。このままじゃ解散するか殺されるかなの」

「いっそ解散しちゃうってわけにはいかないの?」

「ここは私達の居場所だから、それがなくなったら死ぬのと同じよ」

 ギャングといえど友情や絆のようなものがあっても不思議ではない。そこそこ悪さもしているだろうが、ケンカ程度は魅希も行っている。ヤクザという大人に虐げられるのを見ていると同情し、どうにかしてあげたくなった。

「夜駒もこのギャングにいたの?」

「コマちゃんはヘッドだったの。当時、中学生なのにヤクザにも恐れられるぐらいだった」

「へぇ、アイツがねぇ。ただのチャラ男じゃなかったのね」

 考えてみると魅希は夜駒についてほとんどなにも知らなかった。

 改めて詳しい事情を訊き、魅希は喫茶店をあとにした。駅に向かいながらスマホで梨緒の番号をタップする。三度のコールで通話が繋がった。

「もしもし。ちょっと調べてほしいことがあるんだけどさ──」




 バイク駐輪場に夜駒がいた。午前の授業はこれからだというのに早退するつもりらしい。

「BBマリオネット。新宿と渋谷が縄張りで構成員は一〇〇人超え。現ヘッドと千秋は付き合ってて、バックには獅道会がいる」

 壁に寄りかかる魅希を彼は悟ったように見つめてきた。

 魅希が続ける。

「アンタがヘッドをしてた頃はヤクザも手出しできなかったらしいわね。いきなりアンタは進学前にグループを抜けて単なるナンパ野郎になった。どうして?」

 返事はなかった。彼はキーをバイクに挿しこみ、黙々と準備をした。

 ツカツカと寄った魅希はその腕を掴む。

「千秋とアンタとの間になにかあったんでしょ。彼女は浮気って言ってたけど、相手は現リーダー? ううん、きっとそれだけじゃない。アンタは千秋からどうしても離れたかった」

「もうやめてくれっ!」

 振り払うようにされる。彼がそんなふうに激昂するとは思っていなくて魅希は体勢を崩した。背中から倒れそうになるのを夜駒は腕を伸ばして支えようとする。彼もまたバランスを失い、一緒になって倒れてしまった。

 痛みで一瞬暗転する。そこには偶然押し倒す形になった夜駒がいた。

「このまま一晩明かそうかぁ~、なんちゃって」

 彼は動揺したように言い、すぐにどこうとする。

 その手首を捕らえる魅希。

「やれるもんならやってみれば?」

「な、なに言ってんだよ、魅希ちゃん」

 あからさまに狼狽していた。握った手首に震えが伝わってくる。まばたきの回数は多く、口もモゴモゴしていた。

「アンタは口ばっかりね。いままで一度も手を出してこなかったものね」

 この調子だとどんなに女子をナンパしても肉体関係は持たず、せいぜい軽くデートをして終わりだっただろう。

 ゴクリとツバを飲みこんだ彼は再び身を近づけてくる。その顔面をわし掴みにしてやった。

「汗ビッショリよ、僕ちゃん」

 彼を押し退けて魅希は立った。

「待ってくれ! 俺は魅希ちゃんのこと大好きだ! 初めはバイクのテクニックに惚れて、そうしたら乗ってたのが女のコで──それが魅希ちゃんでカッコ良くて、マジで惚れたんだよ。そんなコと一緒に過ごせるのが俺はいますごく楽しいんだ」

 バーカ、と背を向けたまま言ってやる。必死に取り繕う彼は弱々しかった。嫌われたとでも思っているのだろうか。魅希は疑問を解消したかっただけだった。

「ふしだらですわあああーっ! 授業中に人のいないところで! ぜひワタクシも混ぜ──」

「うっさいっ!」

 麗華の首筋に手刀を打ちこんで気絶させた。襟を掴んでズルズル引きずっていく。

 千秋について見えてくるものがあった。




「売り上げ金の横領?」

「そう、度胸あるよね。私だったら恐くてできないよ」

「普通しないわよ、ヤクザのお金を横領なんてさ」

 そっかぁ、と梨緒が笑み、ノートパソコンの画面を切り替える。

「色々調べてて思ったんだけど、もしかしたらモスドラの売り上げなのかも」

「そんなことまでネットで分かったの?」

「獅道会っていうヤクザ屋さんは最近台頭してきた組織みたいでね、その主な資金源がモスドラなんだって。ほとんどシェアを独占してるから勢いがすごいよ」

「ありがとう、それだけ分かれば充分だわ。もぉ梨緒、大好きっ!」

 熱い抱擁を交わして学校を出ると魅希は喫茶店のある駅に降り立った。そういえば、と梨緒が付け加えた情報を思い出す。本性を知る者には千秋は嫌われていて、裏では原越千秋をもじって「腹黒千秋」と呼ばれているらしかった。傑作である。

 喫茶店のドアを開け、鈴が鳴る。

 BBマリオネットの面々がこちらへ顔を向けた。千秋もいる。開口一番、魅希は訊いた。

「モスドラ絡みで横領したんだって? 悪いのはアンタ達なんでしょ?」

 彼らの顔が引きつるのが見て取れる。唯一、千秋は変わらず自信に満ちた態度だ。

 魅希はあえて彼女の望む言葉を紡ぐ。

「獅道会潰すの手伝ってあげるわ」

 グロスをたっぷり塗った唇の端がニッと上がった。

 腹黒千秋とはよく言ったものだ。可愛らしい外見の何倍も計算高かった。千秋は私立陽丘高等学園に知り合いを作り、魅希が校内でモスドラ関連の疑惑がかけられているのを知っていたのだ。汚名返上しようとしているのも分かっていたのかもしれない。

 どう転ぼうと魅希が協力する流れになるのは読んでいたに違いなかった。




 潮風が鼻をくすぐる。離れたところから波の打ち寄せる音がした。周囲に明かりはなく、海を挟んだ向こうの街の電気が遠くにきらめいているだけだ。闇に潜む自分達にとっては好都合だった。辺りにはいくつもの埠頭倉庫が並んでいる。その一つの陰に魅希とBBマリオネットのメンバー三〇人がいた。全員が集結すると思っていたらヤクザとやり合うと知って大部分が不参加だ。代わりに麗華がついてきていた。

 やがて窓にスモークフィルムを貼った黒い外車が五台到着する。ヤクザ同士の取引の現場だ。モスドラ市場を取り仕切っているのが獅道会で、そのおこぼれにあずかろうと他の組も集まってきているらしかった。

 重々しく鉄の戸が開かれる。相手の数はざっと二〇人はいた。チンピラ風なのからスーツをビシッときめた幹部風の者もいる。頬に傷痕のあるあの男もいた。

 戸はうっすらと開いたままだ。隙間から覗くと中は体育館ほどの広さがあった。無雑作にいくつかのコンテナが置いてある。中央には木製の丸テーブルが設けられていた。

 テーブルを幹部らしき者同士で四人囲う。傷痕の男が下っ端にボストンバッグを持ってこさせた。合計一〇個。それはいびつに膨らんでいる。チャックを開くと数え切れぬほどの小ビンが詰めこまれていた。モスドラだ、千匹や二千匹はくだらなさそうである。

 千秋の調べにより、今日この場所で取り引きが行われるというのを掴んだのだった。獅道会の若いのにBBマリオネット出身の者がいるとかで、情報を仕入れさせたのである。

 取り引きは順調に進行したらしく、積んだ札束と三つのボストンバッグが交換された。

 小ビンを手にした取り引き相手が下卑た笑いをする。

「しっかし、こんな物やる奴はバカの極致だぜ」

「まったくだぁ。ガキはバカばっかりだから儲かってしょうがねぇよ」

「そのせいで警察サツもそろそろ動き出しそうってんだろ」

「まぁな。これからは今回みたいにコソコソやらなきゃならねぇ」

 取り引きが終わって緊迫した空気が和らぎ、他の者も各々がタバコを吸ったりして雑談に興じている。別の組同士のちょっとした交流というやつだ。今度飲み行こうなどと誘っていた。こうして見るとヤクザというのも所詮は人の子に思える。すっかり緩んでいた。

 そこを突く。魅希は千秋に肯き、BBマリオネットメンバーに戸を開けさせた。ハイパーシェルのエンジンを始動させ、一直線にテーブルへ駆ける。ヤクザは驚愕して避けるだけでなにもできない。浮かせた前輪を当ててテーブルを引っくり返した。後ろから続々と味方が続き、集団で組員を襲撃する。

「テメェら、どこのモンだっ!?」

「ハネウマですわぁ~!」

 星マークのシンボル旗を掲げた麗華が族車で蛇行する。敵味方問わず何人かが轢かれた。

 旗は恥ずかしいからやめてほしかった。だいたいここにいる大半はBBマリオネットの者だ。チームが目をつけられたら、あとが面倒だった。

 虚を衝いたのが効き、こちらが優勢になる。勢いが違う。恐いもの知らずの若さにより、得物で組員をのしていく。難なく制圧に至るかに見えた。

 一発の銃声が倉庫内に反響する。ハネウマの旗に小さな穴が空いていた。傷痕の男が拳銃を構えている。静寂。乗りに乗っていたBBマリオネットの連中が固まった。

「調子に乗るんじゃねぇぞ、ガキ共。一人残らず東京湾に沈めてやらぁっ!」

 咆哮し、立て続けに発砲する。それにならって他の組員も銃を抜いた。

 ギャングのほとんどが逃げて倉庫を出ていく。しかし魅希は逃げるわけにはいかなかった。獅道会さえ潰してしまえば学校で汚名返上ができる。自分が正常な学校生活をするために、彼らには消えてもらうよりほかなかった。

 銃口から逸れるように急旋回し、組員へ突進する。相手は軽々と吹っ飛んだ。地を弾丸が跳ねる。離れたところで狙っている者がいた。ロックオン。指の動きで予測し、魅希はジグザグにバイクを走らせる。弾丸はことごとく外れ、地面をうがつのみ。

「そんなの当たるかってのっ! アタシのシェルちゃんは弾丸より速いっ!」

 寸前でバイクを横向きにして蹴りをぶちかます。

 傷痕の男が指示を飛ばした。魅希を狙えと言っている。いくつもの銃口が向けられ、ゾッとした。バイクを急発進させてその場を脱する。先程までいたところの壁に穴が空いた。

 追ってくるように背後で跳弾する音が聞こえる。落ち着いて狙い撃ちにされると分が悪かった。麗華も頑張っているものの、実質二人で銃を持った複数人に対抗するのはキツかった。

 ちょっ!? 進行方向に丸テーブルが投げつけられる。距離がなさすぎて跳び越えるのは間に合わない。このままでは衝突し、バイクから投げ出されかねなかった。

 後輪をスライドして停止する。仕方なかったとはいえ、非常にピンチだった。一〇以上の敵に照準されてしまっている。あとはトリガーを引くだけだ。アクセルを捻り、クラッチを繋げて後輪に駆動が伝わるまでの時間が今日ほど遅く感じたことはない。

 間に合わない。直感しつつ、ダメ元で半身を屈める。

 そこへ新たなバイクが乱入した。発砲音。弾は魅希から大きく逸れた。ヤクザが幾人も轢き倒されていく。レーサーレプリカバイクに乗っているのは夜駒だ。その後ろを魅希がついていき、ついでに通りがかりのヤクザにラリアットを食らわせる。一気に数が半数まで減った。

 また鉛の雨が飛んでくる。二人は死角となるコンテナの裏へ入りこんで停車した。

「よくここが分かったわね」

「魅希ちゃんのことが心配だったからね」

「元カノのことが、じゃなくて?」

 意地悪に言ってやると彼は苦笑いする。

「ギャング時代ならそうだったかもな」

「ずいぶん本気だったみたいね」

「本気も本気。俺が結婚できる歳になったら婚姻届出す気満々だった」

 笑っていた表情は途端に暗く沈む。

「最初の頃は千秋も本当にいいコだったんだけどな。グループが拡大して力を持つようになって、ヘッドの女ってことでちやほやされるようになった。態度がデカくなっていったんだ」

「よくある話よ。勘違いした女が女王気取りになるってのは」

「でもアイツはある意味、才能があった。知らないところで人心掌握をして、BBマリオネットを思い通りに動かそうとしてた。いつの間にか俺が操り人形になってたんだ」

「それで嫌気が差してやめたの?」

「ああ。千秋と現ヘッドとの浮気やらメンバーが刺される事件も重なって嫌になっちまった。俺はみんなとワイワイ遊んで敵グループと戦争ゴッコして楽しんでたかっただけなのによ」

「アンタが異性に本気になれなくなったのはそれのせいね」

「今回のことでケジメつけたら、なにか変わるかもしれない」

 銃声と絶叫が響いた。

「ヘルプ~ですわぁ~っ!」

 すっかり忘れていた。麗華が表の方で一人奮闘しているのだ。

 魅希は夜駒と肯き合い、コンテナを跳び出た。

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