Ride 10
商店街のあちこちから悲鳴が聞こえる。単独でバイクを探していたら騒動に出くわした。どうやら餓鬼が出たらしい。
商店街の交差部には小規模な噴水がある。そこで餓鬼と対峙するのは一人の少女だ。小豆色の制服にベレー帽は異相警防隊の物。通称、赤服と呼ばれている。餓鬼から国民を守るのが役目の精鋭部隊だった。三〇人からなる一個小隊で集中攻撃を行うのが基本戦法だ。日本を支える大企業や施設には特別に常駐隊が配備されていた。
麗華が属しているのは遊撃隊だ。街を巡回して餓鬼を発見、駆除するのが役割である。本隊到着までの時間稼ぎが主な使命だ。それなのに、藤堂家の能力は高くて単独で駆除してしまうことが多々あるらしかった。しかも他の隊員が強力な重火器を使うのに麗華は素手である。
黒い体毛を生やした筋骨隆々の太い腕が轟音を伴って振られる。それを麗華は跳躍してかわし、脚へ蹴りを打つ。餓鬼はビクともせず、もう片方の腕を薙ぎ払った。彼女は容赦なく吹き飛ばされる。なぜか生身のままでガイコツ化していない。それでは勝てるわけがなかった。
血をペッと吐いた彼女が敵を鋭く睨みつける。瞬間、全身の肉は消失し、白く輝く骨へと変貌した。突進。餓鬼の鋭利な爪は空を裂く。ふところに入った彼女の拳が胸を貫く。紫の血液が噴出し、巨大な体躯は活動を停止した。それは噴水へ仰向けに倒れこむ。
麗華はまたすぐに人間へと戻っている。彼女がこちらへ気づき、腕を振って走ってきた。
「魅希様! 見ていただけましたかですわ~!」
近くで見たら彼女はあちこちに傷を負っていた。アザも多数できている。
ケガなどなんのそので跳びついてきた。それを宙で押さえ、地面へビタンと叩きつける。
「本部に連絡しないといけないんでしょ」
「ふぁ、ふぁいですふぁ~」
寝そべった彼女はケータイで連絡を入れた。
ちょうど魅希のケータイに着信があった。梨緒だ。なんでも急遽用事ができたとかで一旦バイク捜索を離脱するとのこと。ごめんね、と言う彼女に、大丈夫よ、と返して通話を切った。
朝からずっと探し回って昼になっても収穫なしだ。
その後、異相警防隊の仕事を終えた麗華も合流して探したがムダに終わった。身も心もグッタリだ。作戦を立て直す必要がありそうである。
それなら、と麗華の提案で休憩がてら彼女の家に行くことになった。
彼女の家は由緒正しい家系だ。藤堂家といえばこの土地の間では有名で、江戸時代から不思議な能力を備えた血筋として、その能力に応じた商売や家業を行って地主になったという。現代に入り、不動産を中心に商売をしているようだ。確か麗華は次期当主のはずである。
学校の敷地の三分の一ぐらいはあるのではないかと思える日本家屋だった。時代劇に出てきそうな大きな門をくぐり、石畳の通路を歩いていく。通路はいくつも枝分かれしていた。建物が何個かに分かれているのだろう。麗華についていくと使用人らしき人々が「おかえりなさいませ、お嬢様」と深々と頭を下げた。彼女も彼女で自然と麗しく挨拶を返している。
庭の方まで来ると長い縁側に座る。庭にはなにやら巨大な岩や松の木があったり、子供が泳いで遊べそうな規模の池もあった。シシオドシがカコンッと鳴り響く。
「どなたですかな、そちらは」
あまりの豪邸に口をポカンと開けていたら廊下に和服の男が立っていた。歳は五〇過ぎといったところだろうか。整髪料で固められた髪には白髪が無数に混ざっている。虫けらを見るような目つきでこちらを訝しげにしている。
「こちらはワタクシと親しくしていただいている魅希様ですわ」
魅希には、当主代理の叔父ですわ、と紹介した。
男はガラッと表情を変えて柔和な顔になる。
「これはこれは、麗華お嬢様のお友達でしたか。ごゆっくりなさってください」
「あの、当主代理って、現当主になにかあったんですか」
魅希が訊くと彼が目を細める。
「お嬢様のお父上は一年少々前に餓鬼に致命傷を負わされてお亡くなりになりましたからな。高校を卒業するまではおよばずながら私が当主代理を務めさせていただいているのですよ」
初耳だ。普段の彼女からは、そんな大変な目に遭っていたなんて微塵も感じられなかっった。
麗華は叔父の話に目を伏せている。
叔父が腕に抱えた将棋盤を撫でた。
「それでは私はこれで失礼致します。ようやく手に入れた盤でね、家宝にしようかと思っているぐらいなのですよ」
上機嫌に背を向けて廊下の角を曲がっていく。
言葉遣いは丁寧なのに、どことなく人を見下しているような雰囲気があった。麗華も苦手な様子で、角へ向けてアッカンベーをしている。
「
パンパンと手を叩くと間もなくして襖が開いた。今度は気の良さそうな老人だ、髪も口ヒゲも真っ白である。和服も似合っていた。
傍で正座をした彼がこちらに微笑みかける。
「アナタが魅希様ですね。よく話を聞いておりますよ。バイクの運転がとてもお上手だとか」
いやまぁ、と照れていると黒い制服を身にまとい、黒縁メガネをかけた青年がやってきた。お盆にあられ煎餅と麦茶を載せている。麗華は、弟の
麗華はお盆をジッと観察し、あられ煎餅を皿ごと持って庭へ出る。
池まで行くとおもむろに皿を引っくり返した。
「ちょっと。なにすんのよ、もったいない」
池の水面に浮いたあられ煎餅を目指して鯉が集まってくる。口をパクパクとさせた彼らは一口で吸いこんだ。沈みこんで遊泳したかと思うと次第に浮いて模様が明確となった。今度は口だけではなく、腹までもが水面へ露出される。
鯉は死んでいた。
「一匹一〇〇〇万円の錦鯉がーっ!?」
爺やがムンクの叫びよろしく悶絶する。
オヤツに毒が入ったいたのだ。魅希の頬を一筋の汗が垂れる。
「なんて奴。麗華ならまだしもアタシが食べたらどうするつもりよ」
「さりげに酷いことを言ってるですわ」
縁側の桂一郎がクツクツと笑っている。麗華は細い目でキッと睨みつけた。
「こういう暗いことをしてるから女のコにモテないんですわ」
「姉さんだっていつも古いリボンなんかして、みすぼらしいじゃないか」
長く綺麗な黒髪の後ろにはいつもピンクの大きなリボンがついている。よくよく見ると縁の部分が擦れて傷んでいた。色もピンクのような白いような濃淡が生まれている。
麗華の双眸が薄っすら開いて冷酷さをまとう。
「爺や、弓を持てーいですわ」
ははっ、と承った爺やが即座に弓矢一式を用意する。
矢を構えてから射出するまでに躊躇や遠慮は一切ない。桂一郎に向けて幾多もの矢が高速で飛んでいく。柱や襖に次々に矢が刺さった。こうなっては、ひとたまりもない。彼は矢の雨をかいくぐって奥へ逃亡していった。恐ろしい姉弟だ。
「アンタらっていつもこんな感じなの?」
「桂一郎は真っ向勝負で勝てないから裏でコソコソと策を講じるんですわ」
「弟もアンタみたいに変な力があるんでしょ?」
「あの子は体の一部を鋼鉄化できるんですの」
なるほど。攻撃を鋼鉄化して仕掛けたとしても麗華の無敵なガイコツ変化には効果が薄そうだ。物理的になにをしてもムダで、毒などに頼ったりするのだろう。
麗華が顔を赤くする。
「魅希様、いかがわしい想像をしたらメッですわ」
「してないしっ! このド下ネタ女王がっ!」
張り倒すと廊下を滑って襖を突き破った。足がピクピクと動いている。
爺やが用意してくれた水ようかんをスプーンですくって食べ、魅希は庭を眺めた。
「でも不思議よねぇ、藤堂家って。いつからそういう力が身についたのかしら」
「江戸時代中期からという記録が残っております」
藤堂家という家系は全国に知れ渡っていて、麗華についても子供のときにTVで特集されたことがある。不思議だが科学的な解明はできず、もはやそういうものだという認識になっていた。そこらの芸能人よりも顔を知られている一般人だ。
冷えた緑茶を爺やがグラスに淹れてくれる。それをもらって飲むと口内に爽やかさが広がった。バイク探しの疲れがとれるようである。
爺やは復活した麗華が足をパタパタさせて襖から脱出しようとするのを微笑ましそうに見た。
「麗華お嬢様などのように極端に強力な力を備え持つようになったのはここ一、二世代のことですがね。それ以前は占いに近いモノだったようです」
「突然変異ってやつですか」
「おそらくは。特に麗華お嬢様はガイコツ化する能力と触れた物に念動力を作用する能力の二つを備えていらっしゃいます。通常は一人一つなのですがね。当主は代々男が継いでいたのですが、その観点から次期当主は麗華お嬢様にと旦那様は決定をお下しになられたようです。それには桂一郎お坊ちゃんがだいぶ反発をなさっておられますが」
髪に木片をいくつも絡めた麗華がやってきて隣に座る。
「ワタクシは当主の座に執着しないから弟に譲ってもかまわないですわ」
「それ本人に話してやれば毒も飲ませようとしないんじゃないの」
「ダメですわ。そんなこと言ったら安心し切って怠けるに決まってるですわ」
彼女は彼女なりに考えているらしかった。一般家庭にはない跡目継ぎの問題など魅希にはいまいちピンとこない。むしろ兄弟がいたら楽しかっただろうなと思える。
庭を見ると白い猫が悠々と歩み、松の木に登った。首輪をしていないことから野良猫が迷いこんできたようだ。
「懐かしいですわ。ワタクシと魅希様の馴れ初め」
「馴れ初めって言うな」
麗華とは入学初日に知り合った。
入学式が終わってバイクで帰ろうとしたら校庭の片隅が騒がしくなっていた。子猫が背の高い木に上がってしまって下りられなくなっていたのだ。教師を呼ぶかどうか思案しているうちに子猫は細い枝の方へ行ってしまった。いまにも折れそうだった。そこで麗華の登場だ。彼女は真っ先に登っていた。落ちたら無傷では済まない高さをヒョイヒョイと。子猫の高さに到達した彼女は慎重に腕を伸ばして子猫を救出した。ところが枝が大きくしなり、折れて落下してしまう。折れそう、と感じた瞬間に魅希はバイクを走らせて彼女と子猫をキャッチした。
それ以降、彼女は魅希にベッタリなのだ。魅希がバイク好きと知って勘違いした麗華は暴走族の勉強をし、そっち方面に趣味が偏ってしまったのである。至極迷惑な存在だ。
「あのとき助けなきゃ良かったわ」
嘆息していると麗華が爺やを指す。
「あのときの猫ですわ」
「にゃーご」
「嘘つけ! こんなしょぼくれたジジイになるかっ!」
「喉を撫でると喜ぶんですの」
「ゴロゴロゴロ……」
爺やの顎ヒゲのあたりを麗華が指先でくすぐるように撫でる。
魅希はツッコミを入れる気力がなくなり、あっそう、と呆れた。
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