三
Ride 9
本日の授業が終わって二年二組を出るといきなり藤堂麗華が抱きついてきた。ハァハァと息遣いが荒い。その腕を背負って鐘乃魅希は一本背負いを決めた。
彼女は尻餅をつき、イタタタですわ~、と尻をさする。
「でも魅希様に痛めつけられるのは嫌いじゃないですわ」
「その変態趣味どうにかならないの?」
呆れていると彼女を見ていて不自然さを感じた。
「アンタ、今回はガイコツにならなかったのね」
興奮状態になった彼女は白骨化する特殊能力がある。いまは生身の肉体があり、一見すれば日本美人だ。いつもの彼女であれば一本背負いぐらいでダメージを負うはずがない。
頬に指をやり、瞳を斜め上へやる。
「おそらく、そろそろですわ」
「なにが?」
「んもぅ、嫌ですわ。魅希様のエッチ」
なぜか麗華は頬を赤らめて身をよじった。前々からよく分からない存在だが、こういうところは本当に理解不能だ。無視するのが一番いい。
放置して踵を返すと突然にフラッシュが焚かれた。まばゆさが収縮していき、徐々に撮影者の姿があらわになっていく。茶髪ロン毛の太った男がカメラを構えていた。黄色い半袖ワイシャツにグレーのベスト、ズボンもグレーだ。なにもかも似合っていなかった。
魅希は反射的に駆け出す。彼も瞬時に身を翻して逃げようとした。その背を目がけてフルフェイスメットを投げつける。
ストライク。後頭部に直撃し、グェ、と呻いた彼はつまずいて盛大に転がった。
魅希は男を脅して正座をさせる。それを見下ろし、身元を問う。
「
後頭部のタンコブをさする兵太。
「オイラがバカになったらどうすんだよ~」
「盗撮じゃなくて仕事? アタシらの写真なんかどうすんのよ」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに彼がコホンと咳払いをする。
「君はアルマハト製薬を知っちゃってるかい」
「万能薬を作ってる会社でしょ?」
「そう、それ! いまや製薬以外の業種まで手を広げ、全国を手中におさめている大企業だよ。オイラはそれが臭いと思ったのだ」
とりあえず彼のターゲットは分かった。されど魅希が追われる理由は一切思い当たらない。適当なことを言って卑猥目的の盗撮容疑を免れようとしているのだろうか。
「どうして会社とアタシが関係あんのよ」
チッチッチッと指を振って舌を鳴らす。
「本命は君じゃぁない。横の彼女さ」
「麗華?」
「彼女のことは一年前から張りこんでいたのだよ」
「コイツも別に会社関係者じゃないわよ」
「甘い甘い、コーラよりも甘い!」
兵太と話しているとだんだんむかっ腹が立ってくる。いっそ殴り飛ばして教師に突き出してやりたくなる衝動をグッと堪えた。
目にかかるロン毛をファサッと払う兵太。
「藤堂家が政府から餓鬼退治を政府から任せられているのは知っているでしょ?」
詳しくは分からないものの、以前に麗華がそれっぽいことを言っていた。特殊な能力を代々持つ藤堂家は政府に協力を要請されて異相警防隊に所属しているのだ。
「アルマハト製薬も藤堂家をバックアップして餓鬼退治を支援しているのだよ」
「だから麗華を追ってたの? そんな回りくどいことするなら社長や社員を直接辿った方が早いんじゃないの」
ふぅやれやれ、と兵太は首を振る。
「そんな誰もがやることをやったって特ダネは掴めないじゃないかぁ」
「一年でなんか成果あった?」
「それが、さっぱり。あとちょっとって感触はあるんだけどねぇ」
「アンタ、万年落ちこぼれでしょ」
「なぜそれをっ!?」
兵太がさも驚いたふうに壁に貼りついた。
見当違いなところに目をつけ、ズルズルと一年間も調査をするとは天才的なバカだった。こういう者が株で大失敗をしたりするのだ。
バカとは関わらないに限る。魅希は怒る気も失せて昇降口へ向かった。
「それでさぁ、なんか気づいたら連絡してほしいんだよなぁ」
「ついてくんな」
「名刺、これ。リュックに入れておくよ」
「勝手にやめいっ!」
強引にリュックの奥へ押しこまれた。ああ面倒臭い。家に帰ったら即行で捨てよう。
ついにはバイク駐輪場にまでついてきた。
バイクのキーを指でクルクルと回しながらハイパーシェルを探す。おかしい。赤いタンクはだいぶ目立つはずなのに見つからなかった。バイクの列を端から端までチェックしても同じだ。
今日バイクに乗ってきたよなぁ、と考えこむ。天気は晴れで雨予報もない。特にこれといってどこかにバイクを預けたわけでもなく、電車通学した覚えはなかった。
ない。自分の駐車した場所にバイクがなくなっている。確かにここに止めたのに、跡形もない。嫌な汗を噴き出させながら、駐輪場を再度チェックしていく。
遅れながらハネウマのメンバーがやってきた。魅希の焦った様子に疑問の表情をする。
心配そうにする伊波梨緒が並んで歩く。
「どうしたの、魅希ちゃん」
「ないのよ、アタシのシェルちゃんが」
「ないって、盗まれたってこと?」
魅希は、はたと止まる。
「ぬす……まれた……?」
現実を叩きつけられて舗装された地面に膝をつく。ショックが大きすぎて力が抜けた。バイクは盗難されると無事で済まないことが多い。バラバラにされてネットオークションに売りに出されたり、良くても暴走族にさんざん改造されて事故られボロボロになって見つかる。なににしても、もうハイパーシェルに乗れないということだ。
「ハンドルロックはかけたの?」
「たぶん。でも分かんない、ほとんど習慣でやってるから……」
たまに家でもトイレや風呂の電気を消し忘れることがある。今回もそれと同じでロックし忘れたのかもしれなかった。
話の成り行きを聞いていたらしい兵太が魅希のバイクを置いていたスペースを指す。
「ここにあったやつなら、誰かが押して行ってたぞ」
「ホント!? どんな奴!?」
彼のベストへ掴みかかる。
「後ろ姿だけだったけど、ここのセーラー服を着てたなぁ。すぐ角にいなくなったし、気にしてなかったからどんなコかは覚えてないけどね」
刹那に脳内で浮かんだのは同学年の女子だ。特に梨緒をイジメていたグループが怪しい。ちょうど校庭を横切ろうとしているのが見えた。猛ダッシュで彼女らの前に到達する。
「アタシのバイク、どこっ!?」
三人のヤンキー少女は顔を見合わせて眉をひそめる。全員が目を伏せて震えだした。
そんな魅希達の周りで同学年やその他の生徒が集まってきた。遠巻きに畏怖の視線を向けてくる。デビルハックとレースをした翌日から周りの態度が変わってきていた。関東最大最強と名高いデビルハックをたった五人で制圧したという情報が流れたのだ。
ますます一般生徒との隔絶が生まれてしまっていた。
「あっと、ごめん。アタシの勘違いだったみたい! さよならーっ!」
気まずくなり、生徒の間を縫って駆け抜ける。
駐輪場ではみんながすでに自分自身のバイクにまたがっていた。結局、手がかりはないのと変わらない。警察に届出をしても気休め程度だ。すっぱりハイパーシェルを諦め、新しいバイクを買うお金を貯めなくてはならない。ただでさえ父の遺品であるバイクを失ってショックなのに、何ヶ月もバイクに乗れないと思うとストレスが急激に高まった。
「あぁ~バイク~、バイクに乗りたい~乗りたいわコンチクショウ~」
ゆらりと体を揺らして我孫子夜駒の黄色いレーサーレプリカへにじり寄る。
「夜駒ぁ~、カッコイイバイクに乗ってるわねぇ」
「あ、ありがとう、魅希ちゃん」
ただならぬ気配に彼は引き気味になった。
「いいわねぇ、バイクのある人はバイクに毎日乗れて。アタシ、バイクないからバイク乗れないのよねぇ。アタシみたいな中毒者がバイク乗れなくなるとどうなっちゃうのかしらねぇ」
「あの、良かったらちょっと乗ってみる?」
「いいの? なんか悪いわねぇ、催促したみたいで」
「い、いいんだよ。魅希ちゃんのためならお安いご用さ」
彼に代わって魅希がシートにまたがる。ハイパーシェルと違って重厚な感触がった。半身を屈めればフルカウルが風を防いでくれるだろう。地を這うように速く走れそうだった。
じゃあ遠慮なく、と言ってニヤリと口元を歪めた魅希の双眸が光る。突如、アクセルを全開にした。フロントが青い空を向く。リアのテールランプが地面にガリガリと当たった。後輪ブレーキをかけてフロントを落とす。それから一気に加速し、校庭を暴走した。サッカーゴールのポストへ向けて突進する。アクセルワークで前輪を上げて柱を駆け上った。クロスバーに乗ると後輪で立ち、体を捻って方向転換をする。それからまたフルスロットルで走った。クロスバーからジャンプをし、着地する。車体のあちこちでメキメキと鳴っていても気にしない。校庭の砂地を蛇行して砂ボコリを撒き散らす。騒ぎを聞きつけたらしい生徒指導の教師の前でわざとスライドして砂をかけてやった。いまの自分に恐いものはない。今度は校門へ上がり、外壁を疾駆する。角を曲がると植えこみの樹木越しにバイク駐輪場が見えてくる。魅希は喜びの声を発し、木を目がけて跳んだ。
バイクが枝に引っかかり、停止する。失敗失敗。魅希は諦めて降り、地に足を着けた。車輪がカラカラと回っている。どこかのパーツが曲がってしまったらしい。
茫然とする夜駒へ笑顔で魅希は手を上げる。
「いやぁ、メンゴメンゴ。うっかり木に引っかけちゃった」
「い、いいんだよ。俺、三台持ってるからさ……」
「そう、じゃあまた次お願いね」
肩をポンと叩く。彼には魅希の顔が悪魔に見えただろう。
魅希は守賀緋劉の方へ歩んだ。
「緋劉ぅ~、アメリカンバイクってカッコイイよねぇ」
「そ、そうか? 俺は別にカッコイイとまでは思わないんだがな」
急いでキーを回した彼はエンジンを始動させてギアを一速に落とした。
「そうだ、今日は店の手伝いするんだった。じゃあな」
アクセルを捻る──が、バイクはエンジン音を高鳴らせるだけで発進しない。
魅希が彼の手の上からしっかりとクラッチレバーを握り締めていた。こうするとニュートラルの状態と実質同じである。
「ねぇ、緋劉。この間、デビルハックの件で手伝ってあげたよねぇ」
「そう、だな……」
「それなら、ちょっとぐらいバイク貸してくれてもいいよねぇ」
「本当にちょっとだけだぞ? 絶対に壊すなよ?」
「いいから、さっさとどけぃっ!」
緋劉を蹴り飛ばし、アメリカンバイクを急発進させる。カウルはないのに重量感はレーサーレプリカに匹敵した。それも魅希が乗れば重力をなくしたようにあちこちへ跳び回れる。
数分後、スタンドなしに自立するバイクがあった。エンジンの底が完全に接地している。
「おっかしいなぁ、なんかサスペンションが潰れちゃったみたい」
「そうか、楽しかったか……?」
うなだれる緋劉に満面の笑みで肯いた。
グルンッと首を巡らせて梨緒へ照準する。
「梨緒ぉ~、運転には慣れたぁ~?」
彼女は緑の原付バイクをかばうようにして立ちはだかった。涙目になりながら首を左右へ振っている。そんな梨緒を腕力で押し退けた。
「大丈夫だってぇ、バイクの調子見てあげるだけだから。ね?」
「ヤダ! 今日の魅希ちゃん恐いもん!」
「恐くないってばぁ。ほぅら、バイクもアタシに乗ってほしいって」
勝手に乗り、アクセルをONにする。原付が魅希の乱暴な運転に耐え切れるはずもなく、タイヤはパンクし、ブレーキは弾け跳んだ。最後には車体が逆さになって就寝する。
「梨緒、危ないところだったよぉ。ちゃんと整備しないとねぇ」
無残な姿になったバイクの前で梨緒は大泣きする。
次は、と麗華のピンクの族車に目を移す魅希。彼女は歓迎するように手を差し伸べている。
「あ、それはいいわ」
「どうしてですのっ!?」
うつろな瞳でみんなを見渡す。麗華を除き、一様にして顔を青ざめさせていた。
──明日は学校が休みだ。このままでは被害が増えるということで、ハネウマメンバーの話し合いにより手分けして探すことが決定したのだった。
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