第一章 閑話1 飽きない人 -Side早霧誠-
「……飽きないね」
「まぁまぁいいじゃねーか」
今日も今日とて何かと口実をつけて、黒塚の家に遊びに向かっている俺である。
口やかましい親がいない静かな空間というのは、実にリラックスができて居心地がいいのだ。
何度か歩いていればいい加減に慣れてきた住宅街の中を通って、黒塚と二人並んで歩いている。
やっぱりこの道の方が大通りを通るよりは近かったらしい。スマホもたまには信用できるもんだ。
他愛のない話をしながらも、近所にあるスーパーでお菓子とジュースを調達し、黒塚の部屋がある五階までマンションの階段を登る。
四階から五階へと差し掛かると、ちょっとだけだが期待感が膨らんでくる。
まぁあれだ……。ぶっちゃけて言うと、結局俺は秋田さんが目当てで黒塚の家に遊びに来てるのだ。
隣に住んでるからと言って、そんなに運よく出会えるわけじゃないんだけどな。
「ただいま」
もちろん今回も秋田さんに会えることはなく、黒塚の部屋に着いてしまった。
相変わらず誰もいない自分の家に帰るのに、『ただいま』と声を掛ける黒塚の後に続く。
「ただいまー」
「えぇっ!?」
思わず玄関をくぐるときに出た俺の声に、黒塚が間髪入れずに反応してきた。
「さすがだな」
「何がっ!?」
ちょくちょく通ってると、俺まで言いたくなってきたというのは秘密だ。半ば誤魔化すようにして押し切ると、そのまま黒塚の背中を押してリビングまで進む。
くだらなくて意味のないことでも反応してくれる黒塚といるのは、飽きが来なくて面白い。
世間では受験生と呼ばれているが、俺個人としてはそこまで実感がない。まだ四月と言うのもあるだろうが、そもそも志望校も決まっていないし。
いつも一緒につるんでる他の四人もそう変わらないんじゃないかな。
……あぁ、霧島はしっかりしてるから、もしかしたらある程度決めてるのかもしれんな。
結局今日は黒塚とくだらない話をして、秋田さんには会うことなく解散となった。
「早霧っち、最近黒塚っちの家に入り浸ってるみたいじゃない?」
昼休みにいつものように、黒塚の席に集まって昼飯を食ってる時だった。
冴島、橘、羽柴を含めた四人で黒塚の家に押し掛けたのはついこの間だ。下校中に偶然会ったご本人から嬉しくない情報を聞かされて、真相を確かめるべく黒塚の家に行ったんだっけか。
入り浸ると言うほどでもないと思うんだが……。まぁそこはいいか。
「ん? あぁそうだけど……」
黒川がなぜか鋭い視線を向けてくるが、いったい何があったんだ。お前もなんだかんだ言って黒塚をいじってるだろうに。
「そうだよ。なんでオレも誘ってくれないのさ」
いや誘うわけねーだろ。
半眼になって声を掛けてきた冴島に視線をやる。
ただでさえ黒塚という強力なライバルがいるというのに。しかも黒塚の家に遊びに行くという口実だから、俺だけで秋田さんに会うことが超絶に難しい。
そんな不利な状況だというのに、他のライバルを誘ってどうするってんだ。
「いやなんつーか、黒塚んちでゴロゴロしてるだけだしなぁ……」
だからと言って断る理由が他にないので、歯切れの悪い答えしか返せない。
「僕の家に遊びに来るのは別にいいけど……、がんばって階段は登ってね」
「やっぱりオレはやめとく」
「あははは!」
ナイス黒塚!
霧島はツボったらしくて大爆笑だ。
俺は笑うよりもむしろガッツポーズが出そうになって、辛うじて耐えたところだ。
あぶねーあぶねー。笑うならともかく、ガッツポーズなんぞツッコミネタを提供するようなもんだ。よくぞ耐えた、俺。
ふと黒川に目を向けるが、いつもなら一緒になって笑っている姿が見えない。むしろさっきより不機嫌になってそうな気もする。
うーん、なんだろうな? 誘ったところで黒川は部活で来れないだろうから、不機嫌になってるとかかな?
よくわからなくて様子を観察してみるが。
「ふーん」
そう一言だけ発して手元のお弁当へと意識を戻す黒川だった。
「で、今日も来るの?」
「おう」
ここ最近の金曜日は毎週、黒塚の家に遊びに行っている。そのためか先に聞かれてしまったようだ。
今日こそ秋田さんに会うんだ……。
いつものように住宅街を抜けて、黒塚のマンション前のスーパーへと寄る。お菓子とジュースを買って、マンションのエントランスに入った時だった。
「あれ?」
ちょうど出かけるのか、階段からエントランスへと出てくる秋田さんと出会ったのだ。
おおお、こんなところで……!
ようやく会えた!
……ええと、ちょっと待ってくれよ。なんて話しかけたらいいんだ……。
「黒塚くんじゃない。おかえりなさい」
「あ、秋田さん。ただいまです」
……はい? え? ……今なんて?
『おかえりなさい』って聞こえたけど気のせいか……?
ここはメイド喫茶じゃねーんだぞ? いやメイド姿の秋田さんはありっちゃありだがそういうことじゃない。
「あら、……確か、早霧くん、だっけ?」
「あ、はい」
「いらっしゃい。黒塚くんと仲が良さそうでいいね」
「……ええ、はい」
今度は『いらっしゃい』……だと!?
いやいや、秋田さんの家にお邪魔にしきたわけじゃないんだけど……。いやお邪魔していいのであれば遠慮なく……、ってそうじゃない!
くっ……、お前ら新婚夫婦かっ!?
「……
激しくダメージを受けながらも、さりげなく黒塚の前に出る。伝わるかどうかわからないが、ここは二人の家ではないことを強調しておく。
絶対に仲は進展させてやらんぞ……!
「ふふ……、わたしの家じゃないけど、ごゆっくり」
「すみません、うるさくならないようにしますので」
黒塚が謝ってるが、そうか。結構音って隣の部屋まで聞こえるのか……。
「そうだぞ黒塚。迷惑かけないようにな」
少し振り返ると、八つ当たりとばかりに黒塚の頭をポンポンと叩いてやる。
「ちょっと! さすがに一人の時は静かだって! っていうか頭ポンポンはやめろよ!」
「あはは! 大丈夫だよ。うるさかったことなんてないから」
おかしそうに笑う秋田さんは本当にかわいい。
「でもこうやって見てると身長差がすごいね……、黒塚くんが余計にかわいく見える」
「ええっ!?」
な、なんだって……!?
黒塚も抗議の声を上げているが、今はそれどころじゃない。
俺と一緒にいると黒塚がかわいく見える……だと!?
それって……、俺がただの引き立て役になってないか?
「じゃあねー」
ショックを受ける俺のことにはまったく気がつかづに、秋田さんは笑顔のままでかけて行った。
……なんてこったい。
両膝両手を地面に着いて
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