第一章 閑話2 はらぺこさん -Side冴島優-
「どうしたんだ? 朝から難しい顔して」
朝登校してすぐ、用事がなければだいたいは黒塚くんの周辺へと集まるのが日課になっている。
そんな中、何をするでもなく腕を組んで自分の席で唸ってれば、オレの周囲にいつもの皆が集まるのは必然か。
「いやー、ちょっと行き詰まっててね……」
早霧くんから掛けられた声に、何とも歯切れの悪い返答しか返せない。
何に悩んでるかと言えば、パソコン部で書いているプログラムが、ちゃんと思い通りに動いてくれないのだ。
昨日も家に帰ってからも考えてみたけど、やっぱりプログラムを動かしながらじゃないとよくわからない。なので自宅での解析は半ば断念しかけているんだけど……。
とは言え、本当の問題点はそこじゃないんだよなぁ。
「何に行き詰まってるの?」
小さい体に大きなものを備えた霧島さんが、無防備にもオレの机に両手をついて乗り出してくる。
毅然とした態度で胸部を一瞥し、すぐに本人の顔へと視線を向けると、そこには真剣な表情でオレを心配する顔があった。
「もしかして部活?」
「うん、そうなんだけどね……」
「なるほど……。さすがに部活となると、力になれそうにないね……」
黒塚くんが申し訳なさそうな表情をするが、そこまで気を使ってもらわなくても大丈夫だ。
みんな理系だから、プログラムと言えど説明すればわかってもらえるとは思う。だけど問題を共有できるほど理解してもらうのも簡単じゃないのは事実だ。
だけど問題の本質はそこじゃない。
「いやいや、その気持ちはありがたいけど、そうじゃないんだよ」
「どういうこと?」
わざと真剣な声音を使って深刻さを装うと、案の定黒塚くんが応えてくれる。
「正直に言うとだね……、部活中はお腹が空いてて頭が回らないんだよね」
「ええー!?」
「なにそれ!」
「おいおい……」
「ぷっ……、あはは!」
オレの発言に素直に笑ってくれたのは、霧島さんだけだ。
冗談っぽく言ってみたけど、案外バカにできない問題だ。脳みそは糖分がないと働かないからね。
「あれだけ食っといて足りねぇのかよ」
呆れた声が横から聞こえてくるけど無視だ無視。実際に足りてないんだからしょうがない。
オレの体格を見ればわかるだろ。
「放課後に購買部で何か買ってくればいいんじゃない?」
黒塚くんが解決案を出してきたけど、オレはゆっくりと首を振って答える。
「放課後ってあんまりいいもの残ってないんだよね」
「部活終わりは確かに何も置いてないけど、放課後直後もそうなの?」
「それが置いてないんだよねー」
運動部所属の黒川さんも疑問に思ったようだけど、まったくもってその通りだ。お昼用に仕入れるだけで、放課後用に補充しているようには見えないし。
というかそんなに放課後に買い物してたらお小遣いも減るじゃないか。
「僕はお昼しか購買部に行かないからなぁ」
「あ、じゃあ料理部のご飯食べに来る?」
何かいい案はないものかと頭をひねっていたら、霧島さんがドヤとばかりに一つの案を出してきた。
「「「えっ?」」」
オレを含めた男陣営が、三人揃って一斉に霧島さんへ疑問の声をかける。
たまにおいしそうな匂いがしてくるから、食べられるんなら食べたいけど。
でもそういえば、料理部の料理って誰でも食べられるんだっけか。先着順らしいけど……。
「あ、でも部活のある水曜日と金曜日だけだけどね」
「作った料理は自分で食べないの?」
「多少は食べるけど、全部は多いんだよね……」
あぁ、なるほど。
霧島さんの食べるお弁当はとても小さい。見るたびに、これで足りるのか疑問だったんだけど、まぁそういうことだろう。
「全部食べると晩ご飯が食べられなくなっちゃうから、冴島くんが食べてくれるなら助かるかも」
「よかったじゃない。これで
黒川さんが面白そうにニヤニヤしているが、まさにその通りだ。
「おお、なんてこったい。曜日限定だけどすきっ腹が満たされるだけでなく、手料理が食べられるなんて!」
「じゃあ先生には言っておくから、今日から来てもらっても大丈夫だよ」
調子に乗って『ありがたやありがたや』と拝み倒しておいたら、またもや霧島さんに笑われるのだった。
「ふおおぉぉ、腹減ったああぁぁぁ」
時刻は夕方の五時。
料理部での調理が終わり、いつもこれくらいの時間から食べ始めるらしい。
行き詰まっていたプログラムの不具合はとっくに修正済みだ。……まさかあんなところでオーバーフローしていたなんて。
というわけでオレは、霧島さんに言われた通りに調理実習室へと来ていた。もうすでにいい匂いが漂ってきている。
そして実習室の前にはそこそこの人が集まっているようだ。
高校入学当初は、匂いに釣られた生徒が集まってきているだけだと思ってた。
食えないのに集まったところで、余計に腹が減るだけだろうと思ってたけど、そんなわけはなかったのだ。
先着で数名だけど、料理部で作った料理が食べられると知ったのはしばらくたってからだ。作りすぎるのが前提の料理もどうかと思うが、おかげで空腹が満たせるのであれば文句は言うまい。
「お、冴島じゃねーか。お前も並びに来たのか?」
並んだ列の中から声を掛けてきたのは、オレよりも横幅の広い男子生徒だ。体育の時に仲良くなった、隣のクラスの
食べる量やら腹の減り具合について共感してくれる、数少ない友人でもある。
「ふっふっふ。残念だが、オレは並ばなくてもいいんだぜ」
「な……、なんだって!?」
衝撃の事実に驚いているようだが、俺もぶっちゃけ似たようなものだ。部員の紹介があれば優先的に食えるなんて、まったく知らなかったんだから。
「並ばずに入って行くやつらがいるとは思っていたが……、まさか……、そんな!」
絶望感と共に頭を抱えると、そのまま鬼の形相で睨みつけてくる佐竹。
もちろん優先的に食える条件なんて、オレが知らなかっただけで秘密でもなんでもないはずだ。ここに並んでいる生徒であれば知っているのだろう。
その上でオレをそんな表情で睨みつけてくるとすれば理由はひとつか。
料理部と言うだけあって、所属している生徒は女子生徒が多いのだ。もちろん男子生徒がいないわけでもないが、残念ながら今年は全学年を通して女子生徒しかいない。
「ふはははは! 残念だったな!」
佐竹とはほぼ体育の時間しか接点がなく、こういったノリの会話もできる面白いヤツだと知ったのは最近だ。話をする機会も少ないから、オレが普段一緒にいるグループの女子たちのことは知らないはずだ。
面白いから教えてはやらないけど。
「お前もがんばって、料理部の子と仲良くなるんだな!」
佐竹にドヤ顔を決めると、そのまま調理実習室へと入って行くのだった。
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