第11話
それから
次の瞬間には乱暴にドアが開けられて、シーアが飛び込まんばかりの勢いで入ってきた。両手には皿いっぱいのパンと、肉料理と、湯気の立つ紅茶を乗せた盆を握っている。
「ああ! 遥火、ごめんなさい、遅くなって」
シーアは部屋を見回し、ベッドの枕の上に遥火の黒い目を見つけると勢いよく話し出した。
「アブデュル女史がなかなか許してくださらなくて。お腹がすいているでしょう。さあ、食べて」
遥火はいそいそと足を引き寄せ、ベッドに座り直した。読書灯の乗った台から灯りをおろし、シーアがその上に食べ物の乗った盆を置く。
「でも、どうしてか今サファヴィー様からお許しが出てね。あなたの服を返してあげていいって。サファヴィー様は食事のことはなにもおっしゃらなかったけど、きっと気付かれてなかったのね。だけどついでに、食事のこともサファヴィー様がお言いつけになったことですってアブデュル女史には言ってきたわ。ね、だから食べ終わったらこれを着なさいな」
シーアはエプロンポケットから遥火が持ってきた、新品の方の服をいそいそと取り出した。
遥火は、自分の服に会えたことと、シーアが飛び込んでくるほど自分を心配してくれたことの両方が嬉しかった。おまけに美味しい食事でお腹も満たされてきて、幸せな気分だった。
しかし、遥火が三つ目のクロワッサンを口に詰め込んでそれを紅茶で流し込んでいるときだった。シーアが遥火の反応を
「ねぇ、遥火。確かにアブデュル女史は口うるさいし、厳しすぎるかもしれないけど、サファヴィー様は良い方でしょう?」
当然遥火はむっとした。
――シーアったらあたしのことを心配してたんじゃなかったの? だから嫌いよ、あいつ。こうやってみんなに好かれてんのが腹が立つ。
遥火はつっけんどんに言ってやった。
「理由は分かってるわよ。さっきあの窓からばっちりあたしの姿を見ちゃったものだから、みっともないって思ったんでしょ。同じみっともないでもパンツ一丁よりはボロでも服を着ていた方がましって判断したわけね」
「まあ!姿って、その格好で!?」
遥火はこくんとうなずいた。ついでにクロワッサンも喉を流れていった。
「あらまあ…そうなの。そうね、そういえばちょうど今の時間帯はサファヴィー様がお昼前の散歩をしていらっしゃる時刻ね。――ふ、ふふふふふ…」
――この城の女の人って「まあ」が多すぎじゃないかしら。
紅茶を用心深くすすりながらこう思っていた遥火は、シーアが突然笑い出したのに驚いた。
「なに? どうしたの?」
慌てて声をかける。
「ふふふ…ごめんなさい。そういえば今思うとサファヴィー様、取り乱していらっしゃったわ。いつだって冷静な方なのに…おかしくて…。あの方、突然足音をドスドスいわせて大広間に入ってきて、すっごくいかめしい声で仰ったの。『早く、彼女に服を持って行ってあげなさい』って。私が訊いたら、『そう、彼女のものでいい』って。ドスドスよ? あのサファヴィー様の足音が! ふっ…ふふふふふ…」
シーアがあんまりおかしそうに笑うので遥火もつい面白くなってきてしまった。
――ふん。いい気味だわ。これで使用人たちの間で笑い者にでもなってくれたらもっといい。じゃなきゃこっちだって下着姿を見せたかいがないってものよ!
遥火は盆の上の食べ物をすっかり腹におさめると、シーアとおしゃべりしながら服を着た。
「どう?この部屋は気に入った」
シーアの質問に、遥火はちょっと眉を寄せた。シーアを傷つけたくなかったが、嘘は言いたくない。
「このセンス、正直びっくりするわ。それに、こんなとこでピアノ弾いたらうるさいだろうし」
「あら、大丈夫よ。そのためにこの部屋は特別に防音なの」
シーアがそう言ったとき、部屋の向こう、多分食堂の方からカランカランと鐘の音が聞こえてきた。
「あら、もうお昼なのね」
シーアがおしゃべりをやめてはっとしたようにつぶやく。再び遥火の方を振り返ると、びっくりした声で叫んだ。
「あ―――!! まあ! そう、お昼よ。それなのに遥火、あなたすっかり食べちゃって。――そうだわ、だからサファヴィー様、食事のことは仰らなかったんだわ」
「これから昼ごはん?」
「食べられる?」
「うーん…どうかしら」
遥火はあいまいに答える。さすった下腹はぱんぱんだ。遥火は
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