第3話
定期的に行われる交流会にて、彼女は隅でひとり、浴びるように酒を飲んでいた。まさしく鬼気迫る姿だった。
「何あれ?」
「さあ……見ない顔だけどけっこう若い子だね」
「うん」
卒業以来、惰性で参加しつづけている会は相変わらずつまらない。彼女のやけ酒パレードを見ているほうがよっぽど楽しかったから、しばらく眺めたあと、声をかけてみることにした。
「ねえ君、どうしたの?」
ハッと気付いたような、しまったといいたげな顔で彼女は俺を見た。視線がばちりとぶつかり合う。すると彼女は大きく見開いていた目を瞬時にぎゅっとつむって、両の手のひらで自身の視界を完全ホールドした。
「そんなにあからさまに拒絶されるとさすがに傷付くんだけどなあ」
「ご、ごめんなさい、私、急なイケメンには耐性なくて」
思わず吹き出した。こんなにド直球の球を投げてくる子はそうそういない。俄然興味が湧いた。
「ねえ、なんでそんなに怒ってたか教えてくれる?」
そしてはたと気が付いた。これが世にいう"おまえ、面白いやつだな"現象かと。
「正直に、いっていいですか」
「どうぞ」
胸のあたりの高さにある、意志の強そうなつり目が、俺のことをまっすぐに見上げている。人と話をするときはちゃんと目を合わせるんだなと少し面白く思った。背中に流れる明るい色の髪は毛先がくるくると踊っていて、瞳と合わせても、総じて猫を思わせる。話してみれば説明がわかりやすいし、頭の回転も早いしっかりとした子だったので、可愛い後輩ができたなあとほっこりしたものだ。
「ああ、そういえば俺は85期生の青山誠人っていうんだけど、君は?」
「星野佑果です。今年卒業したばっかなんですけど」
「え、うそ」
三年目くらいかと思っていたその子が、今年社会に出たてだと知ったときはさすがに驚いたけれど。
佑果ちゃんと会うときによく印象に残ったのは、彼女のくるくるとよく動く表情と、いつも自分に似合う格好をしているよなあということと、俺を呼ぶときのうれしそうな声だった。
取引先の主催するパーティと呼ぶほうがふさわしい飲み会で、華やかな美女は見慣れていた。けれど、俺は彼女のことを見ているのが好きだった。
ハイブランドを着こなしてるわけでもないし、何か世界を変えるような美女というわけでもないんだけれど。
切れ長の猫目。異国情緒のある明るい髪色。それらが映えるような色合いのメイクと服。自分のことをよくわかってるよなあということを、待ち合わせの場所に立っている彼女を見るたびに考える。そしてしみじみと、いいなあと思う。
スマホの画面を眺めていた彼女が視線を上げ、周りを気にするようにきょろきょろしだした。そして俺を見つけると、パッとうれしそうな笑顔になった。悪い気は全然しない。
「青山先輩!」
「うん。おつかれさま佑果ちゃん」
その週の土日は久しぶりに二人ともフリーで、ゆっくりと昼頃から出かけようという話になっていた。人混みを縫って寄ってきた彼女の瞳を見て、おや? と首を傾げる。
「なんか目赤くない? 寝不足?」
「ああこれですか、じつは昨日遅くまでゲームをやってまして」
仕事から解放された反動でついつい夜更かしをしてしまったのだとはにかむ彼女に、少し考えて、これからの予定を組み直した。
「よし、どっか入ろうか」
「お昼ですか?」
「うーん、まあ少しだけ、片付けたいメールもあったりするし」
待ち合わせの駅改札から歩いて五分足らずのところにイタリアンがある。そこで一回休止を挟もうと歩きだす。
「はい、じゃあ俺はメールを一個だけ片付けちゃうから、そのあいだお昼寝しててね」
「えー」
二人席に落ち着いたあとでそう告げると、彼女は眉をハの字にして不満げな声を上げた。自分の感情をあらわすために、彼女は毎度ためらいなくひどい顔をする。その姿勢、最高だなといつも思っているけれど、今回は威厳を保つために咳払いをした。
「寝顔が恥ずかしいとかはないからね。ふらふらした頭で出かけてももったいないでしょ」
「ごもっともですけど」
「ね?」
「はーい」
寝ようと決めてえいやっと突っ伏したからか、彼女が浅い眠りにつくのは早かった。静かになった彼女を眺めながら、ずっと面倒で返していなかった、今度の祝勝会についてのメールを開く。
後ろの丸テーブルは空席、壁と高い磨りガラスに囲まれた、他から隔絶されたような二人席で、彼女の震える声がした。
「まま」
画面から視線を上げる。彼女の横顔は、泣くのをこらえるように歯を食い縛っていた。夢の中でくらい思い通りに振る舞えばいいのに、と思いながら、自然と彼女の手に自分の手を重ねていた。手のひらの下に入り込んだ俺の親指を、彼女がぎゅっと握りしめる。
そういえば彼女から家族の話を聞いたことはあまりない。弟がいて、両親は離婚しているということをちらりと聞いただけ。深く踏み込ませないということは傷痕があるということだ。
「佑果」
店内には陽気な音楽がそこそこの音量で流れていた。ボタンを押さなければ店員も来ない。ただ駅が一望できる大きな窓があるだけだ。だから大丈夫、声を上げて泣いたっていいのに。
「俺がそばにいるよ」
どちらかというとパパだけど、とひとりで少し笑った。それから、このかわいそうな後輩の泣き顔を守ってやりたいし、他の男には見せたくないなと思った。
「結婚しちゃおっか」といったのは、俺にはそういう気持ちがあるからねっていう意思表示みたいなつもりだった。いつまでたっても彼女の敬語が外れる気配はなかったけれど、彼女は俺のこと好きなんだし、気持ちの土台さえあればあとは時間の問題というやつだ。書類にサインしようとしなかろうと。
「結婚式はしたくない」も「子供はほしくない」も、まだあとで取戻しがきく。「家事をしたくない」も別に、外注するとか解決手段はいくらでもあるから、どれも気にしたことはない。
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