第2話蛙とミミズとそれからの私

干からびたミミズが、道路に落ちていた。

「あら、可哀想ですね…止めて頂けますか。人間さん」

自分は、蛙の言われた通りに、脇道に車を止めた。ミミズの元へと蛙と共に向かう。歩くたびに、ちゃぷちゃぷと、蛙の入ったプラスチックケースが揺れ動いて、なんだか面白い。

ミミズの近くにいく。半分アスファルトにへばりついた状態で干からびて死んでいた。

「これは、なんとも……」

蛙は、同族意識があるからか、なむなむ、と両手? を合わせてミミズの死骸に拝んでいた。

「蛙の世界にも葬式なぞは存在するのか」

「葬式? ああ、死んだものを箱にいれて燃やすものですか。可哀想ですよね」

「可哀想? 」

「だって、誰にも食べて貰えないんですもの」

きょろきょろ、と辺りを見渡したあと、私のもつプラスチックケースから蛙は跳ね飛び、ミミズの死骸へと着地した。すると、はむり、とさして食いごたえがなさそうにも関わらず、蛙はミミズを食べ始めた。

「…美味しいのか」

「いいえ。でもこれは、義務というものです。命がなくなったのですから、食べてあげないといけません。ここはアスファルト。還ることが、転生することができなくなってしまいます。ああ、洒落ではありませんよ。蛙が還る、なんてつまらない洒落はいいまへん」

むぎむぎ、とミミズがまだ干からび切っていない食える部分だけを丁寧に選んで、蛙は食べた。

「これでよし。これでこのミミズは別のものに変わることができるでしょう」

「それが、蛙の宗教か」

「しゅうきょう? 」

「…しきたり、ルール、かな」

「まあ、そんなところです。土呉の上でしたら無視をしておりましたが。アルファルトはじんこーぶつ。何にも還ることができなくなって、そこで命が尽きてしまいます。このミミズにも家族がいたのかもしれない。今も帰りを待っている友がいるかもしれない。こうして、私が食べてやって、しきたりを守れば…今いるここの自分自身とは身体は別ですが、何かに魂だけが移り変わって、また会えるかもしれません」

「そうか。それがお前達の考え方なのか。じゃあ、聞いてもいいか」

「何なりと。知識の深さだけは、この蛙はありますゆえ」

「もしもだ。もし、そのミミズの中に子供がいて。その子供もろとも死んでしまったなら、その子供も生き返ることはできるのか? 」

「……ミミズは、卵で生まれますよ? 」

きょとん、と蛙は真っ黒な目をぱちくりさせた。

「ああ、ええと…考え方を変えよう」

「人間さんは、何が言いたいので? 」

「このミミズが、干からびることになったのは、何者かの選択によって、だったら。このミミズは、その者を恨むだろうな」

「ええ。恨みますとも」

「…だよな。じゃあ、それに付け加えよう」

きききっ、とアクセル音。そろそろ、車道に止めた車に戻らないといけない。蛙にこちらに来るように、と地面に手を伸ばす。蛙は自分の手に大人しく跳ね飛びおりてくれた。そのまま、プラスチックの容器へと戻した。

もどりながら、自分は蛙に聞いた。

「あの干からびていたミミズが二匹いて、どちらも助けないといけない。だけど助かるのは、一匹だけ。その二匹は深い関係にあって、選択者はその二匹をどちらも助けたい。苦渋の選択で、片方のミミズを助けた。その場合…それでも、自分を恨むんだろうか」

蛙は、答えた。

「そんなの知りませんよ。死人に口なし。生きている者がどう思おうと、後の祭りです。生きているものの都合のいい方向を選ぶしかありません。全部死を背負っても、辛いだけでしょう。その、選択者さんも」

ちゃぷん、と水が揺れた。まるで、母親の胎内を蹴る胎児の足音のようだった。

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