Jail Fragment

木古おうみ

第1話 囚人番号898 オーバーキル

 これは囚人番号898の正式な記録ではない。これは実際に囚人たちと会ったぼくがまとめた、個人的な記録だ。


 898はある国のシンジケートの爆破担当だった。自作の爆弾でいくども瓦礫と焦げた肉の山を築き上げ、煙と脂の臭いとともに消えた。今から一年半前の六月、八人を爆殺したあと逮捕された。

 痩せて、髪は黒く、茶色の暗い目をした、まだ三十にかからない男だ。両腕から首筋まで炎が這いまわったような入れ墨がある。看守や他の囚人たちとの仲は良いとは言えないが、カウンセラーのぼくには友好的だ。


 今898は、耐火服に身を包んだふたりの看守に自動小銃を突きつけられながら、椅子に腰かけ、机に身を乗り出している。爆弾に詳しい彼の元には、ときどき爆弾解除の仕事がまわってくる。彼は顔を上げ、ぼくを見とめるとにやりと笑った。看守のひとりが898の頭を銃の先で小突く。898はすかさず基盤に組み込まれた赤と青の導線にニッパーをねじ込んだ。看守たちが後ずさったのを見て、彼は青い方をぱちんと切った。爆発しなかった。


 898を囚人番号で呼ぶ者はぼく以外いない。本名で呼ばれることもない。ひとびとの話題に上がるとき、彼は「オーバーキル」と呼ばれる。

 事件と無関係の人間や女子どもをも容赦なく爆殺したから、というわけではない。彼が起こす爆発は、犠牲者が多すぎるのだ。

 898が爆破した現場の遺体を繋ぎ合わせると、必ずひとり余分が出る。まるで別の絵から迷い込んでしまった、決して当てはまることのない、ジグソーパズルのピースのように。

 そして、余りの犠牲者は必ず、爆発に巻き込まれるはずのない人間だ。あるときは第二次世界大戦中のドイツの軍服を着た脚が、あるときは根絶された天然痘のあばたが散った腕が、あるときは原人としか思えない骨格の顎が、瓦礫の山の中から見つかる。彼の爆発は、場所を越えて、時代を越えて、殺しすぎるのだ。


 仕事の報酬にもらった煙草に火をつけ、先ほどまで爆弾があった机に灰を落としながら、898は言った。

「行方不明になった歴史の偉人を探したければ、俺に爆弾を作らせりゃいい。何十回も爆破し続ければ、そのうち瓦礫の中にパーツが紛れ込むはずだ」

「ローマ帝国の建国者やチンギス・ハーンを殺したのもあなたかもしれませんね」

 ぼくがそういうと、彼は鼻で笑う。手の平で机の上の灰を払ってから、898は静かに言った。

「俺はさ、結婚してたんだよ。先生」

 プロフィールには未婚と書かれていた、とぼくは思う。

「とはいっても内縁だけどな。肩に俺と同じ入れ墨をしてた女だった。嫁は、あるときふっといなくなった。別に男を作って出て行ったと思ってたんだ。だけどな、嫁がいなくなってから、ひと月後、銀行を爆破して仲間と逃げるとき、瓦礫に引っかかってる腕を見たんだ」

 そういうと彼は、向かい合わせに座るぼくの前に煙草を持っていない方の腕を差し出した。指先から黒い炎が複雑に絡み合っている。

「この入れ墨があった。腕の付け根以外、焼け焦げてて見えなかったが」

 898の持つ煙草の火が消えた。ぼくが空の缶コーヒーを差し出すと、彼はその中に吸い殻を落とした。

「俺が殺したことになるのかな」

 ぼくはしばらく考えてから答えた。

「あなたの爆発に紛れ込むのはいつも、そこにいるはずのない人間だ。だから、あなたの妻のような、いかにも紛れ込めそうなひとは巻き込まれないと思う。その死体が未来のあなただという方がずっとあり得る」と。

 898は仰け反って笑った。

「いいカウンセラーだな、まったく」

 彼が爆殺した人間は四十九人だ。立証できない犠牲者も含めると、五十七人にのぼる。

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