第34話
「なんだ、ここ」
間抜けな声を出したのは、グースだった。
それもそのはず、扉の外に広がっていたのは王宮魔術師の施設内ではなく、深い森。地下牢が施設外まで続いていたのだとすれば、ここは王宮魔術師の施設からそう遠くない場所だろう。森に見えるが、おそらく広いリーデント城内の庭だ。
近くには王城の屋根が見える。
「おそらくここは外庭だろう」
ギルバートがきょろきょろと辺りを見回すグースに言った。リーデント城に住んでいたとしても、広い王城の敷地内すべてを把握することは難しい。ほとんどを王宮で過ごすグースが、王宮魔術師の施設近くにあるこの庭を知らなかったのも無理はない。
空には夕陽が浮かび、地上を真っ赤に染めていた。そして、空に浮かぶのは赤い太陽だけではなかった。うっすらと、白い月――それも満月が浮かんでいるのが見えた。
「今夜が、満月……」
もう二日が経ってしまったようだ。ギルバートの拳には知らず力がこもる。
魔術発動は、最も夜の神ネリスの力が強まる満月の夜、つまり今夜だ。
魔術発動を前にして、今更ギルバートがあがいたところで無駄だと思われたのだろうか。
王宮魔術師はギルバートのフェリシアへの強い想いも、ギルバートが〈災いの姫〉を消すために生きていたことも知らない。だからこそ、こんなにも舐められているのだ。何もできないと思われている。
静かなるギルバートの怒りと苛立ちはどんどん膨れ上がっていった。フェリシアという癒しがないのだから、余計にそれは大きくなるばかりだ。
「何? では今日、〈神降ろし〉が行われるということか!」
阻止できるのかという不安がグースの瞳には渦巻いていた。
「おそらくな」
感情を押し殺しているギルバートには、グースに淡々とした答えしか返すことができない。
「だったら、王子様が早く囚われのお姫様のところに行かなくちゃね」
ベルーナがギルバートを見て言った。口元には笑みが浮かんでいたが、いつものようにからかっている様子はなく、本当に心からそれを願っているようだった。
「もちろんです! ベルーナ殿! このディラード王国第一王子グースが可愛い妹姫を助けに行きます!」
拳を胸に勢いよく宣言したグースを見て、ベルーナは呆れたように笑った。
「残念、グース殿下。ここでの王子様は兄王子のことではないわ」
「な……」
「グース、姫のことは俺に任せてくれ」
ギルバートは低い声で言った。
どんな時だって、お姫様を助けるのは王子様の役割だ。ギルバートがフェリシアの運命の相手ではないかもしれない。しかし、もし運命ではなくても、ギルバートにとってはフェリシアが唯一の人だ。自分を求められなくてもいい。フェリシアの笑顔が見られるのなら。
「それに、グースにはグースのやるべきことがあるだろう? 今頃王城は第一王子の不在で大騒ぎになっているぞ」
「しかしだな……」
グースも頭の中では分かっているはずだ。グース一人がヴェラント城に来たところで何もできないと。
しかし、大切な妹のことを他人に任せることが心配なのだろう。
フェリシアを守るはずだった王宮魔術師は、フェリシアを傷つけ、利用しようとしている。そして、グースが信頼した者の中に裏切り者がいる。その裏切り者が誰であるか、何の目的をもって動いているのかはまだ分かっていない。ギルバートが怪しいと思う人物は、一人だけ。しかし、今はもうその人物を突き止めたところでフェリシアを助けることはできない。そして、ギルバートが魔術発動を止めることができても、フェリシアの立場を守れるかどうかは分からない。
だからこそ、グースを魔術に巻き込んではいけないのだ。
「グース、よく考えろ。無所属のただの魔術師と、ディラード王国第一王子とでは、成せることが違う。お前にしかできないことがあるだろう」
「……そう、だな。フェリシアのこと、頼むぞ」
グースのその言葉は、重い一言だった。ギルバートが力強く頷いたのを見て、グースはリーデント城へと走り出した。
「あたしはグース殿下のことが心配だからついて行くわね」
ベルーナがグースの背中を見つめながら言った。
自分の師匠ながら、謎が多い。おそらくベルーナはディラード王国に深く関わりのある人物なのだろう。だから王家のことを知っているし、王族を気に掛ける。しかしベルーナが側にいるなら、グースは心配ないだろう。
「あぁ。頼む」
「何思い詰めたような顔してるの。助けに来た王子が暗い顔してちゃ、お姫様も救われないわよ~。笑ってなさい」
ギルバートの頭をぽんぽんと撫で、ベルーナはにっこりと笑った。そこに無駄な色気はなく、本当にお姉さんか、あるいは母親のような愛情さえ感じてしまった。ギルバートが母親に求めていた、優しく包み込んでくれるような愛情を。
そんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくなり、ギルバートはベルーナの手を払いのける。
「さっさとグースの所へ行ってくれ」
「ふふふ、本当にかわいいんだから」
そう言って、ベルーナは真っ赤なドレスを翻してグースの後を追いかけた。
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