第31話

「……そういえば、お前はあの魔術をどう考えているんだ? 王宮魔術師は何の目的があってフェリシアを閉じ込めた?」

「それは、まだ分からない」

 魔術陣全体を把握しないことには、魔術の発動条件や解除法、その目的ははっきりしない。ヴェラント城に滞在中、念入りに調べたため、ギルバートの頭の中にはほぼ正確に全体図が浮かびあがっている。しかし、フェリシアの身体に関わること、見落としは許されない。魔術は発動させるよりも、解く方が難しく、危険が多いのだ。

 だから、ここでグースに適当なことは言えない。しかし、グースはさらに核心をついてきた。

「いや、お前のことだ。確証はなくとも予想はついているんじゃないのか」

 グースはただの馬鹿のようで、意外と鋭いところがある。確かに、グースにとっては大切な妹のこと。何も知らないまま、何も分からないまま、好き勝手させたくはないだろう。本当ならばグースが自分で守りたいのに、王族は魔術に関わることを許されていない。だからグースも必死なのだ。可愛い妹を守るため、王族が不可侵とされている王宮魔術師の施設に危険を冒して入り込むほどに。

 それなのに、協力を頼んだギルバートがグースに何も教えない訳にはいかない。

「……ヴェラント城の魔術は、城自体が魔術陣となっている。その中心となる主塔には夜の神ネリスの名が記されていた。もちろん、薔薇園にも」

「ということは、薔薇の魔力だけでなく、神の力も利用するつもりなのか……?」

 王族として得られるだけの魔術知識は頭に入れた、とグースが自負していたのは嘘ではないらしい。魔術と神の関係性についてちゃんと分かっている。

「あぁ。それに、夜の神だけじゃない。薔薇園には地母神ディラの名があった。おそらくは三つの尖塔にも神の名が記されているだろう」

 神話に出てくる神々は実在する。

 しかし、魔術師は薔薇の魔力を利用するだけで、滅多に神の力を借りたりはしない。それは、神の力を暴走させないだけの魔術陣をつくることが難しいからだ。神の力を利用する魔術は大規模なものになり、どうしても何年もかかってしまう。

 そして、それだけの時間をかけたとしても、神が力を貸してくれるとは限らない。神の機嫌が悪い場合、数年かけて作った魔術陣を壊されたり、大きな災害が起きたりすることも過去にはあったという。

 それに、神の力を利用できたとしても、術が成功するかどうかは分からない。成功率の方が低く、危険が高いために、神の力は最後の切り札としてしか使えない。それも、相当な覚悟が必要となる……にも関わらず、王宮魔術師はあろうことか王女であるフェリシアの命を危険に晒して、自分たちの目的を遂行しようとしている。

「神の力を利用する魔術を、王の承認も魔術協会の承認も得ずに勝手に作っていたのか!」

 グースが言うように、大規模な魔術を行う際は国王と魔術師協会の承認が必要となる。承認なしということはあり得ない。

 しかし、おそらくそれは〈災いの姫〉という存在に注意を向けることで神の力が必要だと皆が思ったためだろう。

「承認はされていたはずだ。〈災いの姫〉の呪いを抑える為の魔術としてだろうがな」

 王宮魔術師が〈災いの姫〉を生み出したのは、それを口実に神の力を利用する大規模な魔術陣を完成させるためだろう。国に危険を及ぼす存在を消すために神の力が必要なのだ、と王と魔術師協会を説得して。

「だが、どうしてフェリシアだったんだ? 神の力を得るための口実ならば僕を災いの王子にしてもよかっただろう……まさか、フェリシアでなければならない理由でもあったのか!」

 グースははっと気が付いたように声を上げた。

「そうだ……。姫は、魔力を宿して生まれてきた」

「魔力を?」

「リアトルの血を引く王族には、稀に魔力を持って生まれてくる子どもがいるらしい。その魔力はリアトルのものに近く、その強さには個人差がある」

 グースはディラード王国の王族だが知らなかったらしい。ギルバートはかつて自分にそのことを教えてくれたある人のことを思い出し、苦い顔になる。

「リアトルは愛の神……となれば、その力も愛情によって変わってくる。フェリシアへ注がれるはずだった愛情を〈災いの姫〉にすることで奪ったのはそのためか。フェリシアの魔力を抑えるために、誰からも愛されない〈災いの姫〉を生み出した……?」

 ブツブツと後半は独り言に近いグースの推察は、ギルバートが考えていたこととほとんど同じだった。

 フェリシアを〈災いの姫〉とすることで大規模な魔術の許可を取ると同時に、周囲にフェリシアが危険人物だと思わせることで誰からも愛情を与えられない子どもができあがる。王宮魔術師たちの目的のためには、フェリシアに自我は必要なく、ただ従順に従う人形であればそれでいいのだ。

 しかし、王宮魔術師の誤算は、腹違いの兄であるグースがフェリシアを溺愛したことだ。たった一人の兄のおかげで、フェリシアは大人しく従順に振る舞いながらも、その心には確かに誇り高い自我を形成していた。

「グースがいなければ、今の姫はいなかっただろう。グースの愛情が姫を救っていたんだ。きっと、これからも……」

「ギルバート、そんな風に思ってくれていたのか。僕は嬉しいぞ! 心配するな、これからもこの兄の愛情でフェリシアを救ってみせるからな!」

 グースが調子に乗り出したが、嘘ではないのでギルバートは黙って聞いていた。実際、側にいられなかったギルバートよりも、ずっと側で見守っていたグースの方がフェリシアの心の支えになっているだろう。両親からの愛情を感じられなくても、兄の愛は十分過ぎるほどにフェリシアには伝わっているはずだ。

「そういえば……結局、フェリシアは何に利用されようとしているんだ?」

 一人演説がようやく終わったかと思えば、グースはまた核心をついてくる。

「……おそらくは、姫の身体を利用して、王宮魔術師は禁術である〈神降ろし〉をするつもりだろう」

 完全にグースのペースにはまったギルバートは、半ばやけくそ気味に言った。

 フェリシアの身体にあったあの黒い痣は、神を降ろすための器の印だ。神がその身体に降りて生きられるよう、神の力が溢れてしまわないように、あの痣は魔術陣として生身の人間に刻まれていく。

 ギルバートは、〈神降ろし〉という禁術を知ってはいたが、まさか本当に実行する人間がいるとは思わなかった。宗教的に言えば神を冒涜する行為であり、人格を無視して人を神の器とするなど、常識でも考えられない。

 それほどまでに、王宮魔術師たちの理念や思想は普通とはかけ離れているのだ。その理解できない理想や思想に不幸にも巻き込まれてしまったのがフェリシアだった。

 フェリシアの痣は、もうすぐ全身に広がる。器の完成までもう数日といったところだろうか。毎日どれだけ痣が広がっているのかが分からない今、正確な日程は分からない。しかし、器が完成し、王宮魔術師が〈神降ろし〉を発動させる前にヴェラント城の魔術陣を壊さなければならない。

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