第30話
ここに至るまでのすべてを思い出し、ギルバートは頭を抱えていた。
「くそ、これでは俺もグースのことは言えないな」
情けない。グースを助けに来たつもりが自分まで囚われの身になってしまうとは。フェリシアに囚われたときは幸せで胸がいっぱいだったが、王宮魔術師に囚われたなど一生の不覚だ。
フェリシアの側へ帰らなければ。王宮魔術師の企みからフェリシアを救い出さなければ。いつまでも闇に囚われている訳にはいかない。
「グースはどこにいるんだ」
もしグースも囚われているのなら、同じように闇の中で苦しんでいるかもしれない。しかし、あのいつも賑やかなグースの中に苦しむほどの闇があるのだろうか。人は見かけによらないとは言うが、グースは見た目と中身そのままな気がしてならない。明るい時は明るく、辛い時はとことん辛く、面白い時は腹を抱えて笑う……周囲がうんざりするほどに感情表現が大袈裟なのがグースだ。あれが計算ならば、ギルバートのグースに対する認識が覆される。
「どうせならグースもここにいれば話は早いのにな」
グースを探しに来たギルバートを、グースと同じ牢屋に入れるへまはしないと思うが、同じところに入ればどれだけ楽か。フェリシアのための時間を、グースのためにあまり使いたくはない。正直いって面倒くさい。手っ取り早くグースと合流して、この魔術を解き、ヴェラント城に帰りたい。そして、フェリシアに会いたい。きっと、フェリシアには怒られてしまうだろう。嫌われていても仕方がない。それでも、会いたい。
「……む、誰か僕を呼んだか!」
「あれ、今グースの声がしたような……幻聴か」
とうとうこの暗闇で幻聴まで聴こえるようになってしまったらしい。相当精神的にまいっているのか、とギルバートは心の栄養源であるフェリシアの姿を思い浮かべる。
「お~い! 誰かいるのか!」
「うるさいなぁ! 姫に集中できないだろ!」
「その声は、ギルバートか! どこにいる!」
「お前は俺の幻聴だろうが……」
幻聴と会話までしてしまっている。どうせ幻聴が聞こえるならフェリシアの声を聞きたい。ギルバートはグースの声を無視して、再びフェリシアを強く想う。
しかし、幻聴であるはずのグースは全く静まってはくれなかった。
「ギルバート! どこだ! いるんだろう! 無視するな!」
「……もしかして、本物か」
「本物以外の誰がいるんだ! ディラード王国第一王子グース・シェルメゾーレはこの僕ただ一人だぞ!」
「あぁ、そうだな……」
ギルバートは適当に相槌を打ち、この場所について考える。グースも同じ空間に囚われていたのなら、どうして今まで何の音も聞こえなかったのだろうか。きっとグースのことだ、うるさく喚いていたに違いない。音を遮断する魔術がかけられていたとして、急に解けたのは何故だ。それに、少しずつではあるが狂っていた平衡感覚が戻ってきた。そして、徐々に暗闇にも目が慣れてきた。近くでうろついているグースの影まで見える。
「グース、俺はここだ」
グースらしき影に手を伸ばし、その実体に触れる。確かに本物のようだ。急なことで驚いたのか、その影はおもいきり転んだ。間違いなくグースだ。
「お、脅かすなっ!」
「触っただけだ」
「……というか、お前が何故ここにいる? フェリシアはどうした! まさか一人残して来たのか!」
「グースのことが心配になったんだよ。来てみれば案の定捕まってるし……何があった?」
淡々と問うと、グースはうっと言葉を詰まらせた。任せておけと言った手前、捕まってしまったことが気まずいのだろう。
「鍵は、手に入れたんだが……落としてしまった」
そうか失敗したか、と頷こうとしていたギルバートはグースのその言葉に耳を疑った。
「え、鍵を手に入れた? お前がか!」
「ま、まぁな」
いつもやる気が空回りしているようなグースが、宣言通り鍵を手に入れていたとは。何故か褒めたい気持ちになってギルバートはグースの肩あたりをぽんと叩く。
「よくやったな!」
「ははは、当然だろう!」
少し褒めたらすぐに調子に乗るのがグースの悪い癖だ。もっと褒めてもいいんだぞ、とにこにこしているであろうグースにギルバートは現実を突きつける。
「……でもまぁ、鍵を失くしたら意味ないけどな」
「失くしてはいない! 落としたんだ!」
同じことだろうが、と言いたい気持ちを我慢してギルバートは訊く。可能性はまだあるかもしれないではないか、と自分に言い聞かせて。
「どこに?」
「ここだ」
「は? この暗闇の中に鍵を落としたのか」
「そうだ。だから鍵を探して歩いていたんだ。意外とここは広いぞ。というか、ここは何だ、牢か?」
檻も何もなく、ただ暗闇が支配するこの空間が楼かどうかはさておき、鍵を手に入れたのならしっかり持っていて欲しかった。この広い部屋から脱出する前に二人で鍵探しをしなければならないではないか。
しかし、フェリシアを救うためにあの尖塔の鍵は必要だ。王宮魔術師しか入れない場所など、誰にも見せたくないものがあるに違いない。ギルバートは魔術陣の全体図を把握することよりも、王宮魔術師がこの施設ではなくヴェラント城に隠しているものが何なのかを知りたかった。あの三つの尖塔には、王宮魔術師の秘密がすべて詰まっている気がする。感情を殺し、何の情報も引き出せない彼らの秘密を使えば、何か取引を持ちかけることも可能かもしれない。
ギルバートが尖塔の鍵を欲した本当の目的はそこにあった。
「よし、じゃあ探すか」
「おう!」
「お前、返事だけはいいよな」
こんな状況の中でも変わらないグースが、何故か頼もしく思えてくる。先程まで心は闇に引きずられていたのに、今ではいつもの調子が戻ってきている。それは紛れもなくグースのおかげだ。
「お前たち兄妹には救われるよ」
「ん? 何か言ったか」
「いや、なんでもない」
先程の言葉は嘘偽りないギルバートの本心だったが、グースが調子に乗るのも癪なので素っ気なく言葉を返した。
しかし、この魔術のかけられた闇に包まれたこの場所で何の影響もないとは、やはりグースはディラード王国王家の人間なのだ。リアトルの血を引く王家の人間の中には、魔術がかかりにくい体質の者がいると聞く。フェリシアは魔力を持って生まれてきたが、グースは魔術に耐性を持って生まれてきたのだろう。そして、ギルバートへの魔術の影響が薄まったのもグースのおかげかもしれない。
魔術妨害が発動しているであろうこの空間で何もできずにいたが、グースがいるならば……とギルバートはマントの胸ポケットから魔術陣が描かれたカードを取り出す。ギルバートが発動させた光の魔術は、術に阻まれながらも手元を照らすぐらいには効果を示した。
「魔術とは、やはり便利だな」
「本当はこの空間すべてを照らせればよかったんだけどな」
ギルバートはそう言って光を地面に照らしながら牢内を歩く。
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