第27話
「やはり、城外を探してみましょうか」
ビートが難しい顔でフェリシアに確認する。それ以外に方法が思いつかないフェリシアは、静かに頷いた。
「城外を探す前に一つ、確認したいことがあります」
普段は自分から意見を言うことが少ないザックが、珍しく口を挟んだ。それだけに、とても大事なことなのだろう、とフェリシアはザックの言葉を待った。
「昨夜、ギルバート様はミリアと共に教会へ行っています。ミリア、帰りのギルバート様の様子に変わったところはなかったか?」
その言葉を聞いて、フェリシアは隣にいるミリアを見た。昨夜彼女がギルバートと二人で教会に行っていたなんてフェリシアは知らない。
ミリアは俯いていて、フェリシアの方を見ようとしない。
「ミリア、何か知っているの?」
フェリシアはミリアに近づき、俯いたその顎を掴んで無理矢理視線を合わせる。本当は、大好きなミリアを脅すようなことはしたくない。しかし、信頼していた者に嘘を吐かれるということは想像以上に心を乱す。
「フェリシア様、お許しください。私は昨夜ギルバート様と教会に行っていただけです。本当です。信じてください」
ミリアは涙目になって訴える。フェリシアの怒りを買い、〈災いの姫〉の力に傷つけられるとでも思ったのだろうか。脅えているミリアを見ていると、フェリシアの心の痛みは増していく。その痛みに耐えられなくて、フェリシアはミリアから手を離す。
「信じるわ。それで、ギルバートはどうしたの?」
「私はギルバート様を置いて一人で帰ってきました……その後、ギルバート様がどうしたのかは分かりません。黙っていて申し訳ありませんでした!」
ミリアは深く、深く頭を下げた。しかし、謝られても心の痛みが酷くなるだけだ。
「一人で帰って来た理由は何? 教会で何をしていたの?」
無理矢理、優しい笑顔を作ってみるが、うまくいったとは言えないだろう。フェリシアを見つめるミリアの黒い瞳はまだ脅えを映している。
「……それは、言えません」
「どういうこと? あなたの主はわたくしでしょう?」
「……も、申し訳ございません!」
その言葉は、フェリシアを否定する言葉に聞こえた。ミリアは、フェリシア付きの侍女として側にいたはずだ。主がフェリシアではないのなら、誰だと言うのだ。ミリアの側で王女であるフェリシアよりも権限のある存在といえば、兄のグースしか思いつかない。しかし、そうだとすればグースはフェリシアに隠れて何かをしているということだ。ミリアを使って。
「ミリア、どうして言えないんだ!」
謝罪の言葉と涙しか出ないミリアに、ザックが一喝する。ビートは、黙って様子を見ていた。
フェリシアはもう何を信じればいいのか分からなくなっていた。
フェリシアのことを溺愛しているグースでさえ、フェリシアに隠し事をしている。
先日ギルバートを訪ねてきたのはどうしてなのか、フェリシアは教えてもらえなかった。あの時、兄はギルバートに何の話をしに来たのだろう。フェリシアに言えないこととは一体何なのか。隠し事が得意ではない兄は、あれから一度もフェリシアに会いに来てはいない。もしかしたら、もう二度とこの城を訪ねることはないのかもしれない。絶対的な信頼を持っていた兄のことを疑い始めると、兄に選ばれた使用人たち全員が信用できなくなってくる。
十年間、お互いに築き上げてきたと思っていた信頼は、所詮まやかしだったのかもしれない。
本当は、すべて演技だったのかもしれない。
〈災いの姫〉の妹を愛する兄と、〈災いの姫〉にも献身的に仕える使用人――というシナリオによって十年間成り立っていただけの、架空の物語。
そのシナリオに想定されていなかった存在が、ギルバートという無所属の魔術師だった。ギルバートが現れたことによって、完璧だったシナリオに綻びが生まれたのだ。
「ザック、もうやめなさい。フェリシア様、ミリアにもきっと何か事情があるのでしょう。また落ち着いて話を聞きましょう」
全く進展のない言い合いを見かねたビートが口を挟んだ。そして、フェリシアをリードするべくビートが優しい笑みを浮かべて近づいてきた。
「……わたくしに、近づかないで!」
混乱する頭と、整理のつかない感情とが溢れだし、フェリシアは冷たい声で叫んでいた。
その瞬間、周囲の空気が大きく揺れた。室内にも関わらず、強い突風が吹き荒れる。ミリアの悲鳴と、鈍い物音、何かが割れた音……一時、その場は耳触りな音に支配された。フェリシアは、何もかもどうでもよくなっていた。
「わたくしは、誰も信じてはいけなかったのね」
声も出せずに泣きながら震えているミリア、地面に叩きつけられた衝撃で動くことのできないザック、壁にもたれてうなだれているビート、信じていた三人の使用人たちが共通して浮かべている恐怖の色を見て、フェリシアは言った。
(この力を前にしてもわたくしを心配してくれたのは、ギルだけだったわ)
しかし、そのギルバートもここにはいない。フェリシアは、本当に独りぼっちになってしまった。
ずっと、独りだと思っていた。溺愛してくれる兄と使用人たちの存在に助けられていることに気付きながらも、自分は独りだと思っていた。しかし、フェリシアは独りで耐えていると思い込んでいただけで、いつも支えられていたのだ。たとえ嘘だとしても、十年間側にいてくれた彼らのことをフェリシアは嫌いにはなれない。何もかもが嘘だったとは思えないから。
それでも、こうして傷つけてしまった今、フェリシアが彼らを側に置くことはできない。
フェリシアは三人に背を向けて、主塔の最上階への階段を上って行った。
誰一人として、その背を追いかける者はいなかった。
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