第23話
「ミリア、どこへ行く?」
ヴェラント城玄関ホールで、外出着のミリアを見かけたザックが声をかける。
「教会へ」
「あぁ、今日が外出の日だったか……それにしても、こんな夜中に出かけるのは危ない」
マノラ教信者であるミリアは週一でマノラ教会へ祈りに行く。ザックもマノラ教信者であるが、護衛騎士であるためにヴェラント城を離れる訳にはいかない。だから、ザックは城内に作られた小さな祭壇に毎日祈りを捧げていた。
「日中は仕事がありますし、夜中しか行く時間がないんですもの。いつも無事に帰って来ているじゃありませんか」
ミリアはそう言って笑う。いつもならザックも気を付けるよう声をかけるだけで、止めるようなことは言わない。しかし今日は、不安そうに引き止めた。
「今、フェリシア様をあの魔術師様と二人きりにしていることが心配なんだ。しかし護衛騎士、しかも男の俺がフェリシア様の私室に入ることはできん」
フェリシアの私室にギルバートが招かれていくのを見て、ザックは扉から離れた。それは、扉が閉じられる瞬間に、フェリシアのギルバートに対する表情を見てしまったからだ。赤い瞳を輝かせ、無意識に微笑んでいるその表情は、いつもの毅然とした王女フェリシアではなく、普通の十七歳の少女の表情だった。フェリシアはギルバートを待っていたのだ。フェリシアがギルバートには気を許しているのだと認めざるを得なかった。
十年、側にいたザックにできなかったことを、数日でギルバートは成し遂げた。フェリシアの心の拠り所ができたことを喜ぶ気持ちと、自分では力になれなかったのだという悔しさが混ざり合い、ザックはその扉の外で居続けることができなかった。フェリシアの側にはギルバートがいる。護衛騎士であるザックの役目はないだろう、と思ったから。
そうして玄関ホールで剣の素振りをしていると、外出着のミリアが通りかかったのだ。
「まぁ! 今フェリシア様はギルバート様と二人きりなんですの? 男女が夜中に二人きり……?」
ミリアは顔を真っ赤にして、両手で頬を包み込む。
「フェリシア様も女性のミリア相手なら色々と相談もできるだろう。俺はその手の話は苦手だしな」
ポリポリと頭をかきながら、ザックがぼそぼそと言った。
「でもザック様、本当に大丈夫なんでしょうか……? ギルバート様に襲われていないかしら……あの人、かなり重そうですから……」
ぶつぶつとミリアが呟いていると、玄関ホールに新たな足音が近づいて来た。
「確かに私の愛は重いですが、心配無用ですよ」
にっこりと太陽のような笑顔を浮かべてやって来たのは、ギルバートだった。
「フェリシア様は?」
ザックが鋭く訊く。警戒心剥き出しの視線にもかまわず、ギルバートは笑って答える。
「今寝たところですよ。そんな怖い顔しないでください」
「フェリシア様を傷つけるようなことをしたら、俺はあなたを斬ります」
ザックはギルバートを完全に信用している訳ではない。フェリシアが信じているから、信じようとしているだけだ。魔術師と言っても、無所属。裏切り者というイメージがついて回る。いつかフェリシアを傷つけてしまうのではないか、という不安がザックの中にはある。そして、二人を見守っているミリアの中にも。
「それは、私も同じ気持ちですよ」
笑っているはずなのに、そう言ったギルバートの瞳には冷たいものが感じられた。まるでザックとミリア二人を脅しているような、静かな圧力がギルバートからは発せられていた。
しかし、その緊迫した空気は一瞬だけで、すぐにギルバートは表情を緩めた。そして、何食わぬ顔でミリアを見て問う。
「あれ、ミリアさんお出かけですか?」
「え、えぇ。教会へお祈りに……」
「私も一緒に行ってもいいですか? 実はまだ、この町の教会に行ったことがないんです」
さらりと出たギルバートの言葉に、ミリアはえっ? と間抜けな顔をした。ザックも眉間に皺を寄せ、訝しげにギルバートを見ている。
フェリシアにしか興味のなさそうなギルバートが、ミリアの外出について行こうとしているのだから、二人が驚くのも無理はない。
「え、駄目ですか?」
「いえ、そういう訳ではありませんけど……小さい教会ですし、ギルバート様を満足させられる立派なものではありませんよ?」
「大丈夫ですよ。それに、女の子の夜道は危ないですからね。一応私も男ですから、ミリアさんを守ることはできますよ」
二人の気も知らないで、ギルバートは胸を張って笑う。
「何が『一応』ですか。あなたは俺より強いはずだ」
ギルバートの身体は、鍛えられた戦士の身体だった。魔術だけを学んでいたような貧弱なものではない。身体にある無数の傷跡、鋼のような肉体、それらを見てザックには分かってしまった。ギルバートは自分よりも強い、と。それを自覚した時にも、ザックは悔しいと感じたのだ。そのギルバートが自分を弱い男のように表現したことが許せなかった。
「買い被りすぎですよ。では、ミリアさん行きましょうか」
その言葉に反射的に頷いたミリアは、ギルバートと共に玄関ホールを後にした。
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