第19話
「ここにヴェラント城の鍵が置いてあります」
正面から見れば正方形の建物に思えたが、中を歩いてみると、この施設も円形をしていることにグースは気付いた。しかしヴェラント城と違って中が入り組んでおり、迷路のようだ。案内された備品室のような部屋までどのようにして歩いてきたのか、記憶力のいいグースでも頭が混乱して思い出せなかった。
「ありがとう、助かったよ」
室内には、所狭しとガラスケースが置かれていた。ガラスケースには鍵だけでなく、薔薇の彫刻や円が連なった不可思議な模様が描かれた品が多数あり、一体何に使うのかグースは内心で首をひねった。
「それで、どれがどの鍵なんだ?」
鍵が収められたガラスケースを見つけ、鍵を取り出してみるが、同じような形状の鍵が数十個ある。
魔術師のみが入ることのできる尖塔の鍵を探しているといえば怪しまれるかもしれない。グースは少しずつ鍵を絞り込むことにした。
「殿下は、どこの鍵を失くされたのですか」
「う~ん、確かフェリシアの私室への鍵、いや、厨房だったかな……あ~図書室、違うな、美術室? 主塔の階段室……」
グースが口にする場所によって、ミヴォルはいくつもの鍵に視線を巡らせる。その視線が向けられた鍵を消去していき、少しずつだが尖塔の鍵候補が絞れてきた。
しかし、この作戦でずっと引き延ばすのは得策ではない。ミヴォルが不審そうな目でこちらをじっと見ている。
「思い出した、尖塔の鍵だ!」
どうせもう怪しまれているのだ。ぐだぐだと訳の分からない話をしているよりも、さっさと鍵を見つけたい。そしてフェリシアに褒められたい!
ミヴォルがどう出るのか、賭けだったがグースは本来の目的を口にした。
「尖塔の鍵を殿下に渡す訳にはいきません」
ミヴォルは冷たい表情できっぱりと否定した。
「いや、もう渡しているよ」
グースは自分の中で候補となっていた鍵を瞬時に手に取り、ミヴォルに見せた。
「この中に尖塔の鍵があるだろう?」
ミヴォルはその鍵を見て、目の色を変えた。たった一瞬だったが、グースはそれを見逃さなかった。
「悪いが、この鍵は借りていくよ。心配ない。ちゃんと返しに来るから」
グースから鍵を奪おうとするミヴォルに笑いかけ、すぐに部屋を出た。
そして、出口を目指して走り出す。
必ず、この鍵はギルバートに届けてみせる――。
「しかし困った、迷子になってしまったぞ……」
壁にも床にも装飾や模様が全くないために目印になるものがなく、入り組んだ廊下の中心でグースは途方に暮れていた。王宮魔術師の巣窟で、その秘密を持ち出そうとしているグースが迷子になってしまった。この状況はまずい。
そのうちミヴォルに見つかってしまいそうだ。
「グース殿下、ここで何をしておいでですか?」
そして、王宮魔術師の中で最も会いたくない人物に見つかってしまった。
「キルテット、久しぶりだな……」
現王宮魔術師長、キルテット・ブラウン。眩い金色の髪に深い藍色の瞳を持ち、氷のように冷ややかなその顔は、悔しいが整っている。
そして、キルテットの後ろには十人程の王宮魔術師たちが控えていた。
「何か集会でもやっていたのか」
王宮魔術師が集まって考えることなど、よくないことに決まっている。もしやフェリシアのことだけでなく、国家転覆までも企んでいるかもしれない。飛躍した自分の考えに、グースは内心でまさかと鼻で笑う。
じっとキルテットを見つめ、その真意を探る。
「殿下こそ、ここまで来て何をしていたのでしょう?」
しかし、その顔はまさに鉄壁だった。何もかもを見透かすような目を向けて、自分の感情は完璧に消し去っている。ミヴォルもそのうちこの男のように感情を完璧に消し去ってしまうのだろう。感情を殺して生きることの何が楽しいのだろうか。グースには理解できない。
「……なぁ、お前達は生きていて楽しいのか?」
「そのような感情は持ち合わせておりません。殿下、その手に持っている物をお見せください」
「何も持っていない」
グースは両手を開いてキルテットに見せつける。
「言いがかりはよしてくれ。僕はもう帰るから、出口まで案内してもらおうか」
「そうですか。では、誰か殿下をお送りして差し上げろ」
キルテットの表情は何も変わらず、淡々とした声で後ろに控えていた一人に命じた。
内心ほっと息を吐くグースだが、この施設を出るまでは気が抜けない。ズボンのポケットに忍ばせた鍵が確かにあることを感じながら、グースは案内役の男の後ろについて行く。迷いなく歩く男を見ながら、グースはある違和感を覚える。中は入り組んでいて自分がどこにいるかも分からなくなるが、所々天井にはステンドガラスが設けられており、陽の傾きが確かめられる。方向感覚が多少狂っていたとしても、夕暮れ色に染まる空に浮かぶ太陽の位置までは変えられない。
「おい、本当にこっちが出口なのか……?」
グースが男に声をかけた時、いきなり足元に暗い穴が現れてグースの身体は闇に吸い込まれていった。
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