第18話

 早朝から馬を走らせ、グースが王城リーデントに帰ってきたのは夕刻だった。白を基調とした優美な城は、いつものようにグースを迎え入れる。門番の騎士たちが第一王子の姿を見て敬礼し、それに対してグースは労いの言葉をかけてやる。馬屋番が嬉々としてやってきたが、グースは馬から降りずに城内のある場所を目指した。

 ――王宮魔術師の巣窟、魔術研究施設。

 広いリーデント城内には、王宮以外にも、王妃たちの住まう後宮、王族のためのマノラ教会礼拝堂、国政をつかさどる政庁、三百万冊以上の蔵書を誇る図書館など、様々な施設がある。その施設の中で最も重要で最も大きな権限を持っているのは、王宮ではなく、王宮魔術師の魔術研究施設である。王城の城門をくぐり、東へ真っ直ぐ進むと、それは見えてきた。

 グースは己の内に沸き上がる怒りと自責の念を抑えて、馬から降りた。そして、魔術師の巣穴への足を踏み入れる。

 ガラス張りの天井はアーチを描き、その石造りの建物には装飾が一切ない。無駄なものが何一つない外見同様、その内側も必要最低限のものしか置かれていない。もとより、王宮魔術師とは神に代わり王族を守護する者であり、自らの幸福や欲に生きてはいけないとされている。だから、魔術師は無駄を好まず、自分の感情を殺している。自分の幸せよりも、国や世界の幸福のために生きるのだ。

 そして、王宮魔術師とはそんな魔術師の中でも選ばれた者だけが名乗ることができる誇り高い職種。それ故に、頭が凝り固まった気難しい連中だとグースは感じていた。

「第一王子ともあろうお方がこのような所で何をしているのですか?」

 勝手にズカズカと施設内に入ったグースの背後から、冷たい声が聞こえてきた。先程まで馬を駆け、暑くて汗をかいていたというのに、施設に入ってからはどういう訳か寒気を感じていた。その上、感情を感じさせない王宮魔術師に見つかってしまったのだから、グースは内心震えていた。

「王族が自らを守る魔術師に会いに来て何が悪い? お前達には僕を責める権限はないはずだ」

 覚悟を決めて振り返り、グースは毅然とした態度で話す。

 王宮魔術師はフェリシアの呪いを解くためにヴェラント城を建てたのだと信じていた――いや、信じたかった。だからこそ、その行動に口出しをしたことはなかった。父王ヘルベルトも何も言わなかったから、グースが言う必要はないと思っていたのだ。

 しかし、魔術を学んでいない王族に何が分かるというのだ。何の罪もない生まれたばかりの王女を〈災いの姫〉に仕立て上げるなど、王族に対する、フェリシアに対する何たる侮辱だろう。心のどこかで信じていた分、フェリシアを利用しているなど、グースは裏切られた思いでいっぱいだった。

(一体、王宮魔術師は何を企んでいるんだ……?)

 グースに声をかけてきた王宮魔術師は若く、最近入って来た者だろうと思われた。もう一度、よく顔を確認する。年齢が見た所十代後半と若く、大きなグレーの瞳にはまだ幼さが残っている。色素の薄い灰色がかった茶髪は肩のあたりで切りそろえられており、身に着けた白いローブの胸元には王宮魔術師の証である白薔薇の紋章が縫い付けられていた。

 王宮魔術師の顔をすべて覚えているグースが把握していないのだから、新入りと見て間違いない。 これは、利用できるかもしれない。グースはにやりと笑みを浮かべ、黙っている若い魔術師にさらに言葉をかける。

「そうだ、お前に頼みがある。王宮魔術師ならば我が妹のことは知っているだろう? ヴェラント城の鍵を失くしてしまってな、合鍵を作りたいんだ」

 その言葉に、初めて目の前の若い魔術師は顔を変えた。グースの知っている魔術師たちならば絶対に出さない感情を出した。やはり、まだ感情のコントロールが完璧ではないらしい。

「お前、名は何という?」

「……、ミヴォルと申します」

 少しの間を置いて、ミヴォルと名乗った魔術師は無表情に戻っていた。

「ではミヴォル、王宮魔術師を辞めたくなければ、僕をヴェラント城の鍵の在り処まで案内してもらおうか」

「第一王子にそのような権限があるとは思えませんが……」

「そうか。だが、今お前が僕に対して反抗的な目を向けているのは、神の子孫たる王族に牙をむいたのと同じことだ。そのような危険な男を王宮魔術師として城に置いておく訳にはいかないな」

 すっと冷酷な目を向けると、ミヴォルはびくついた。その反応を見て、グースはいけると内心で拳を握った。いつもなら、こんな脅しは王宮魔術師には効かない。しかし、まだ王宮魔術師としての自覚が薄いミヴォルならば別だった。

「……分かりました。ついて来てください」

 グースの狙い通り、ミヴォルは折れた。王宮魔術師とは、魔術師にとって憧れの存在。せっかく城に来たのにすぐには追い出されたくないのだろう。グースはこれで妹の役に立てる、と口元を緩めながらミヴォルの後ろについて行った。王宮魔術師が大勢いる建物内で、一人の王宮魔術師ともすれ違わないことに気付かずに……。

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