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 王都シャーリッドの街はずれにある貧困街。

 みすぼらしい身なりの者達が路上で物乞いをしている。ガラクタだらけの整備されていないこの街は、名前すらない。昨夜の嵐のせいで街はいつも以上に汚く、すべての闇を抱えたかのように暗かった。

(寒い……)

 そして、こんなゴミだらけのドブの中で生きている自分が一番醜く、嫌いだった。

「おいおい、きったねぇガキだな」

「こいつ、フリードだろ」

「ははは、お前、親父に捨てられたんだってな?」

 不細工な面をしたゴロツキが二人、狭く薄暗い通りにやってきた。一人は背が高く、一人は身体がしっかりとして大きかった。

 そこには、かつて街灯があった柱に縛られている少年の姿があった。八歳くらいの少年を見て、長身の男が言った。

「可哀想になぁ。でも、まだお前は幸せ者だぜ? 隣国のリモーネ王国はサイゼル王国に攻め込まれてガキはみんな奴隷として売られたって聞くからな」

「そのピンチを救ったのが、ディラード王国の魔術師様たちだ。俺らが国内で平和に悪さできんのも全部リアトル様と魔術師様のおかげだろうなぁ」

 ディラード王国を支えるリアトルと魔術師を侮辱する言葉に、言い返そうとするが、少年の口には布が噛まされていて、もごもごという間抜けな音しか吐き出せない。

 その代りに、殺意を込めた目で睨み付ける。

「おお怖い怖い。フリード、お前そんな顔つきじゃ誰にも拾ってもらえないぜ」

「親父に捨てられちまうようなガキ、誰が拾うんだって話だがな」

 柱に張り付けられたフリードの身体には、『誰か拾ってください』と汚い字で書かれた紙が何枚も貼られていた。おもしろがって貧困街の悪がきが貼っていったのだ。

「ま、一週間経ってもお前がここにいた時ゃ俺らの奴隷にしてやるぜ」

 そう言って、身体の大きな男が笑いながら唾をフリードに吐きかけた。


 空を見上げると、また一雨きそうな曇天だった。

 王都には、嵐も曇り空もなく、ただ優しく柔らかな陽光だけが降り注ぐという。魔術師の力によってディラード王国は平和そのものだ、と国民の誰もが信じている。暖かな陽光が届かない場所以外は。

 平和を謳歌している者達は、目の前に映る汚い世界を見ようともしないのだ。

 ――ポツ、ポツ……。

 フリードの頬に雨が落ちる。徐々に雨足は強くなっていくが、調度よかった。男に吐きかけられた唾を雨が洗い流してくれる。


「もうお前なんかいらねぇっ!」

 母が亡くなって、父は酒浸りになり、女遊びも激しくなった。金がかかり、自分の時間の邪魔になる息子が目障りになったらしかった。母が亡くなった直後には「母さんの分までお前を守る」と言っていたのに……。

 父に泣いて許しを請うても、アルコールで気持ちが大きくなっている父は息子の言葉など聞こうともしなかった。そして、無理矢理連れ出され、家に帰れないように柱に縛り付けた。叫び声がうるさい、と口に布までかまされて。

「ここで誰かに拾ってもらえ」

 そう言った父の背を見送ってから、もう五日が経っていた。

 自分を本気で捨てたりはしないだろう。

 思い出して迎えにきてくれるだろう。

 そう信じていた心は、恨みに変わっていた。


(もう、おしまいだ。こんな世界、自分から捨ててやる)

 柱に縛られた少年を見ても、通りかかる人間たちは自分のことばかりだった。見て見ぬふりをする者、イタズラをする者、ただ憐れみだけを向けてくる者……うんざりだった。誰も面倒事に関わりたくないのだ。みんな、自分が一番かわいいのだ。それが、人間の真理だ。

 フリードの瞳には、この世界への恨みの塊のようなものが宿っていた。

 そうして大雨に降られ、発熱し、頭がぼうっとしているフリードの前に、一人の男が現れた。


「この世界には、リアトル様の愛が満ちています。恨んではいけませんよ」


 優しく声をかけてきたその男は、マノラ教会の神父だった。

 〈災いの姫〉が生まれる十二年前、ある夏の日の出来事である。

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