第2話 次の電車が来るまでに(2/3)

 彼の暮らしていた一軒家は、駅からさほど離れていない田んぼの片隅に建てられていた。木造建築のその家は、昔に訪れた祖母の家に似ていた。妙な緊張感があって、それでもどこかに暖かさが隠れているような。そんな雰囲気なのだ。

 「ここだろう?」

 少年は僕を見上げた。その瞳に寂しさを見たのは、気のせいではないだろう。

 「ここだよ。ここが君の家だよ」

 そう言って、僕は背中を押した。少年は一歩だけ踏み出したが、それ以上は進まなかった。きっと、進めなかったのだ。

 「なんか、実感がない。どうしたらいいのかな」

 「ただいまって言えばいい。気負うことなんてないよ。ただ扉を開けて、家に入ればいい。ただ、それだけでいいんだよ」

 「本当に?」

 少年は自分の家を見上げた。彼は泣きたそうな顔をした。けれど、泣くつもりは無いようだった。彼をそうさせるものが何なのか僕にはよくわからなかった。

 「お兄さん」

 「うん?」

 「ありがとう」

 彼は泣き笑いの顔でそう言った。

 「なあ?」と僕は言った。「別に泣いてもいいんだぞ」

 少年は不意をつかれたような表情をした。けれど、やっぱり、涙はこぼれなかった。

 「泣かないよ。笑って、ただいまって言う。それで、家に帰る。そうしたいから」

 「そっか」

 「うん。じゃあね」

 少年は家の前まで駆けて行くと、扉に手をかけた。ふと、そこで、彼はもう一度こちらを振り返った。

 「お兄さん」と少年は笑った。「ありがとね」

 僕は手を挙げてそれに応えると、黙って後ろを向いた。

 地面を見つめてきつく目を閉じる。

 ただいま、という少年の大きな声と扉が開く音が響いた。

  1、2、3────

 心の中で、僕は数をかぞえる。

  ─────8、9、10

 僕は目を開いて振り返った。沈みかけ太陽の光に思わず目を細めた。

 そこには少年の姿はなかった。木造建築の家も建っていなかった。ただ、中途半端な広さの空き地に、『売地』と書かれた看板が突っ立っていた。

 僕はさっきまで握っていた少年の手の感触を思い出そうとした。しかし、どうしてか、うまくいかなかった。


 

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一服堂 『次の電車が来るまでに』 影月深夜のママ。 @momotitukumo

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