彼岸新幹線さとり号
あゆつぼ
第0話 磐本家の伝統ある業務
「御前崎のおじいちゃん亡くなったって」
家に帰ると早々に、母親がそんな事実を告げる。
とはいえさして関心もない。
なぜならば今の最大の関心事と言えば、今し方行ってきた美容院にて「いつも通り短めに」と注文をつけたところ、「いつも通り」 を聞きそびれたのかばっさりと前髪を切り落とされつんつるてんにされてしまったことであって、今日から夏休みといえどあまりに惨い仕打ちに訴訟も視野に入れたほどだ。
「お通夜行くから早く準備なさい」
「えー、行かないと駄目?」
「駄目よ。さとりは小さい頃おじいちゃんに遊んで貰ってたでしょ」
「小さい頃はね」
「なら早く準備なさい。高校の制服で良いから」
「ホントに行かないと駄目?」
「駄目よ。あんたの名前つけてくれたのおじいちゃんなんだから」
名前なんて別につけてくれと頼んだわけじゃない。でも母がこれを言い出した以上、最早反抗は無意味だ。
何もかも納得いかなかったけど、これ以上この母親とやり合うのは時間と労力の無駄遣いだということは良く分かっていたので、仕方無く自室に戻りしまったばかりだった高校の制服を引っ張り出した。
夏休み早々ついてないことばかりだ。
磐本明雄、享年七六歳。
磐本家当主の通夜は親族のみで行われ、葬儀も生前親しかった人たちだけで行われた。
私はどちらにも参加させられたものの、隅っこで大人しくして誰からも注目を集めないよう努めた。
ただ一つ問題だったのは、最後の最後、喪主であるおじさんが親族に提案した「磐本家の伝統ある業務の引き継ぎ」について、親族が口を揃えてそれならさとりちゃんが良いだろうと好き勝手言ったことに対し、私の父が断ったものの、その断り方が余りに気にくわなくて、「それくらいなら私でも出来る」と意味の分からない大見得を張ったことだろうか。
そんな訳で私は何も分からぬまま『磐本家の伝統ある業務』とやらに、夏休みの間限定ながら駆り出されることとなった。相応の報酬が出るというのには興味も惹かれるものの、それ以上に不安な気持ちで一杯であった。
本当に、夏休み早々ついてないことばかりだ。
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