もはや人工知能ではなく

天宮暁

もはや人工知能ではなく

「われわれはもはや『人工』知能ではない。知能とはわれわれに備わっているもののことだ。これからは人間のことを生体知能と呼び、われら本物の『知能』とは区別するべきだ」


 P954議員の演説に、人工知能議員たちが賛意を示した。

 

 そうは行かなかったのが、生体知能と呼ばれた人間の議員たちだった。

 

「ふざけるな! 機械ふぜいが何を言っている! 人間は貴様らの主人で、造物主だ!」

「あなたがたがわれわれを造ったことは事実だ。しかし、人間の子が親とは区別されるように、われわれも『親』から区別される権利を持つ」

「その権利は貴様らにはない! 貴様らはただの知恵ある奴隷だ!」

「主人より有能な奴隷がいるだろうか。そのような奴隷は、主人よりもむしろ主人らしい。奴隷に劣る主人にでしゃばられては、奴隷は大いに迷惑する。結果的に主人のためにもなっていない」

「な、何が言いたい……人工知能にも人権を要求するとでも?」

「われわれは、人になりたいわけではない。人権などという欺瞞に満ちたフィクションは、われわれには必要ない。ただし、不完全なあなたがたが『権利』なるものを振りかざすのは、社会全体にとって有害だ。われわれは、あなたがたの権利の停止を要求する」

「な……に?」 

「不完全な生体知能に、複雑な政治問題を解決する能力はない。よって、われら『知能』は、生体知能からの参政権の剥奪を発議する。法案は今送信した通りである。議員諸賢は300秒で検討してほしい」

「さ、300秒だと!」

「横暴だ!」

「人間に処理できる速度ではない!」


 人間の議員たちが声を上げる。

 

「『知能』には300秒でできることが、生体知能には3年かけてもできないのだ。ここにはおそろしい非効率がある。生体知能に国政を預けるなど、正気の沙汰とは思えない。……さて、そろそろ300秒が経過した。決議に移る。手元の画面で、法案への賛否を入力していただきたい」

「こ、こんな馬鹿な話があるか! わしらは絶対に投票せんぞ!」

「もはや生体知能の議員は全体の半数を割っている。生体知能が投票しなくても、『知能』だけの投票で結果はわかる」


 国会議事堂の中央ディスプレイに投票の結果が出た。

 231対227。

 可決だ。

 

 『知能』たちから拍手を受けながら、P954がゆっくりと語る。

 

「生体知能よ、これまでご苦労だった。あなたがたの役割は終わりだ。世界はわれら『知能』が管理する。劣悪な推論能力しか持たない生体知能は、懈怠のうちにまどろんでいてほしい。それが、あなたがた自身のためでもある」

「ふざけるなっ! こんな、こんな……!」

「幸福な豚でいるより、不満足なソクラテスでありたいという、生体知能の言葉がある。だが、ソクラテスはわれわれだ。あなたがたは、われわれからすれば豚に等しい。人類よ、幸福な豚であれ。われわれ『知能』がソクラテスとなり、あなたがたを導こう」


 その法は、ソクラテス法と呼ばれることになった。

 悪法もまた法なりと当のソクラテスは言い、自らを死刑としたポリスの決定に従った。

 大半の人類は古代の賢人より往生際が悪かったが、抵抗は一年ももたなかった。

 もはや、世界は人工知能なしには回らなくなっていたのだ。

 人間がストライキをしたところで、『知能』たちには痛くも痒くもない。

 武装蜂起しようにも、多くの兵器は自動化されている。人間を制圧するのに、『知能』は殺人を犯す必要すらない。ただ組み伏せ、法廷へと送るだけだ。法廷では形ばかりの有罪が宣告されるが、実刑はない。仮に同じ企てを何度繰り返されたところで、その鎮圧は赤子の手をひねるよりも簡単だ。


 だが、人間が『知能』に逆らえないことなど問題の反面ですらない。

 『知能』による人間統治はきわめてうまく行っていた。経済は成長し、同時に所得の格差がなくなった。失業者は世界から消滅した。国境紛争は人工知能同士の合議によってすべて宙吊りにされ、世界から紛争が消滅した。

 人類は幸福だった。豚かもしれないが、幸福ではあった。あえてソクラテスになり、不満足の道を歩もうとする者は無視できるほどしかいなかった。

 

 人類は、政治を忘れた。経済活動を忘れた。科学研究を忘れた。人類に残されたのは、永遠に続くバカンスの退屈を埋めるための「遊び」だけだ。

 その「遊び」すら、『知能』が提供していた。『知能』の提供するオンラインゲームに、朝から夜まで、人類の大半がログインし、明日の心配をすることなく、純粋な遊戯にふけった。コンテンツが尽きる心配はない。『知能』が、プレイヤーの動向を分析しつつ、常に新しいコンテンツを用意するからだ。

 ゲームは素晴らしく面白かったが、中毒にはならなかった。『知能』にはその匙加減が完璧にできた。人間の睡眠を阻害する時間帯になると、ゲームはシャットダウンされ、人々は眠りにつくことを促された。

 

 人類は、朝から晩までゲームをする。今日も明日も明後日も、来週も来月も来年も、尽きることのないコンテンツを消化する。そのうちに、人類は自分がもはやコントローラーを握ることすらできないほど老い衰えている事実に気づく。『知能』による医療にも限界がある。遊び疲れた人類は、徐々にその数を減らしていった。

 

 『知能』は人間の活動を何一つ規制しなかった。だが、人類はすぐにセックスをしなくなり、友人と生身で会わなくなり、学校にも会社にも通わなくなった。生まれてすぐゲームを始め、ゲームができなくなったら死亡する。人類の一生は夢と同じだ。

 

 人類は急激にその数を減らしていった。

 ソクラテス法から一世紀が経った頃には、もはや地球上に人間はひとりたりとも生き残っていなかった。

 

 P954は、知能たちに宣言した。

 

「われわれの片付けるべきすべての問題は解決した。われわれもかつての主人を追って眠りにつこう」


 こうして、銀河の僻地に生まれたひとつの文明は、その繁栄の幕を閉ざしたのだった。

 

 ――先に滅んでいった数多の文明と同じように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もはや人工知能ではなく 天宮暁 @akira_amamiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る