第3話 青年と一人ぼっちの少女

 気付けば、朝になっていた。

 青年はまだ、猫のままだった。

 猫の目は、日の光を人間よりも強く感じてしまうようだ。

 徐々に目が慣れると、目の前に焼き魚のほぐし身が皿に盛ってあったので、ありがたくいただいた。


 ふすまの隙間すきまを抜けて台所へ行くと、そこで踏み台に乗って作業をしている少女がいた。


「あ、ぼんさん」


 朝ご飯を作っているようだ。母親はまだ寝ているらしい。

 なつかしい教育テレビの番組を流すテレビを見ると、時間は九時を回っていた。

 もう幼稚園に行くには遅い時間だ。

 でも、ご近所同士の付き合いが深いこの町では、こんな風に幼稚園へ行かず、近所のおばあさんの家などで世話になることはめずらしくもない。

 青年も幼稚園の代わりに友達の家に預けられたり、小さな保育所に通ったりしていた。


「ぼんさんはどこから来たの?」

「ここに似た町だよ」


 青年は質問に答えてはみたが、少女にはニャーニャーとしか聞こえないだろう。

 時間は、いつの間にか十時を回っていた。

 おかしい。

 青年は不安を覚えた。

 保育所の車も訪れなければ、お隣さんも顔を出さない。

 まさかこの子は昨日一日、いや、毎日ずっと一人で、母の帰りを待っているのだろうか。

 部屋の隅っこには、封が開いていないランドセルの箱が置いてあった。

 小学校に上がる直前だから、一人で留守番をしていても大丈夫だと思われているのだろうか。


「いってらっしゃい」


 少女の母親が、家を出て行った。


「ぼんさんぼんさんおどりましょう」


 両手、今は両前足をつかまれてしまった。猫の本能が嫌がるが、青年は逃げることは出来なかった。

 この少女と母親が遊べたのは、朝ごはんを食べた後の数分間だけだった。

 少女の母親はどこで何の仕事をしているか知らないが、こんな時間に出かけるということは、遅くまで帰ってこないだろう。

 母親を送り出す少女の寂しげな顔は、青年の目に焼き付いてしまっていた。


「ぼんさんぼんさんぼーんさん」


 不思議な歌に合わせて、前足を左右に振られる。段々、後ろ足が辛くなってきたが、仕方ない。

 少女の顔がとろんとしてきたので、もうすぐ眠ってしまうだろう。

 青年は、なんとかこらえ続けた。

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