幻想料理店

異世界旅行のミルフィーユ

01 異世界ではなく料理店

 どんなものでも調理する。

 ここは【幻想げんそう料理店りょうりてん

 肉に魚に野菜に果物。食べられるものは当たり前。

 猛毒、無機物、同種族、夢や記憶や思い出などなど。

 安易に食べられない危険なものや、形の存在しないものまで、なんでもかんでも。なにもかも。

 頼めば必ず調理してくれる、まさに幻想的な料理店。

 しかも、御代は不要だと。

 でもね。

 けれども。

 その代わり。

 大切な大切な食材は、必ずでお願いします。


 * * *


 車に轢れそうになった猫を助けて死んだ。

 ここまではよくある異世界転移、または転生ものの流れだ。実際、おれが書いていた小説の主人公もそうして転移した。


 が、しかし。

 おれが転移した異世界は――――「室内?」

 いや、そもそもここは異世界なのか? 不信感から辺りを見渡す。


 一定の感覚で一本足の丸テーブルが並ぶ店内。壁にはアイロン型の窓があり、そこから覗く景色はすべてが違う。

 青空の窓。夕空の窓。星空の窓。あっちの窓の向こうには大砂漠が広がり、かと思えばそっちは大海原で……その隣は、大森林。

 一番まともなのは、きれいな白薔薇の庭園だった。


「先程は助かりました」


 手入れの行き届いている、御伽噺にでも出てくるような庭園をぼんやりと眺めていれば。

 主人公がヒロインから初見でもらう台詞が投げかけられる。


「えっ?」


 慌ててそちらに目を向ければ、ヒロインとはまた別種の可愛らしさが佇んでいた。

 長身にまとうのは、平民たるおれですら一目で上質だと分かる高そうな黒の礼装。胸にぴしりと当てられた長い指は白手袋に包まれ、礼儀正しく揃えられた足には白の革靴。


「集会帰りでごじゃいまして……我らが王にお言葉をいただき、少々浮足立っておりました」


 花冠を頭に乗せた猫の被り物をするそいつに表情はないが、それでもどこか恥ずかしそうに言った。


「しゅ、集会?」

「はい。猫の集会にごじゃいます」


 おれの問いにもなっていない呆けた呟きに、靴下猫のようなそいつは頷く。

 靴下猫と言えば、おれが助けた猫も黒い毛並みで手足の先だけが白い靴下をはいているような……


「――――!」


 おれは息を飲む。

 先程までの台詞。この流れ。この先を読めないほど、おれは鈍くはない。

 それでも、あえて、この一言を口にしよう。


「おれが助けた……猫?」

「はい」

「ああああー! やっぱりかー!」


 あえて言ったが、それが現実だと興奮する!

 おれは背が高い人の姿になっている元猫に飛び付いた。


「よろしくお願いします!」


 白い右手を強く握り、元猫に頭を下げる。


「この展開ってあれっすよね! 選ばれたってやつ! あんた……あっ! やっ、えーっと……神様? 猫神様? 猫神様でいいんすかね! おれ、これ異世界転移するんですか!? それとも転生? 転生でもいいっすけど、モンスターより人間でお願いします! あっ! でも幼女はちょっと……。なんか魔法みたいの使えんならいいけど……あっ、あー、でもロリはやだなあ……ハーレムが……あのっやっぱ転生より転移がいいんですけど、転移で頼めますか!」

「申し訳ありません。当店テラス席はごじゃいません」

「はい?」

「ですが、お好きな窓際のお席にお掛けください。ご希望でごじゃいましたら、窓はあけさせていただきますよ」


 表情の変わらない元猫は、ニッコリと雰囲気だけで笑った。


「…………」

「…………」


 おれはそろりと元猫から手を離す。

 元猫は動じず、直立不動。


「……あーっ、その……」

「はい」

「あ、の……」

「なんでごじゃいましょう?」

「こ、ここって……異世界転移とか、異世界転生前の……な、なんかこう、神様とかがいて、色々今後について話す場所じゃないんですか?」

「ここはしがない料理店にごじゃいます」

「料理店?」

「はい!」


 元猫は力強く頷いた。


「どんなものでも調理する。ここは【幻想料理店】にごじゃいます。アタクシはここのオーナー兼料理長。三足猫猫団みつあしねこねこだん欠番No.2087幻想粗餐げんそうそさん賛歌のフルコースコンダクター》」


 胸に手を当て、誇らしげに相手は名乗った。


「お気軽に、オーナーとお呼びください」

「オーナー……」

「はい」

「……異世界転移は?」

「料理なら得意でごじゃいます」

「転生は?」

「ええ。どんな食材もお客さまがかならず満足する逸品に転生させるとお約束いたしましょう」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……料理、店」

「はい」

「異世界転移も、転生も、おれはできねえの?」

「あいにくと、アタクシはただのオーナー兼料理長にごじゃいます」

「…………」

「…………」

「…………」うわああああああああ!


 おれは側にあったテーブルに頭を抱えて突っ伏した。

 するりとしたテーブルクロスの肌触りが心地良い。が、そんなことでおれの心はほだされることもなく。おれは額を激しくテーブルに打ち付けた。

 ああっちくしょう!


「異世界転移できねえのかあー!」


 あーあ、きっと猫を助けて死んだお人好しな男子高校生のニュースがお茶の間を賑わせるんだろうなあ。友達は、何人かインタビューでも受けるのかな?

 あいつは昔から猫好きだったんで、って笑ってくんねえかなあ。

 笑えねえかー。

 あーあ、そっかー。

 あー、でも。


「……猫……」


 おれはオーナーを一瞥する。

 無駄に長身になった元靴下猫。いまは人の姿になってるけど、こいつは確かにおれが助けた猫なわけで。

 こうして五体満足ニャンニャカニャンと無事なわけで。


「まあ……いっか」


 猫が無事なら、いいか。

 異世界転移も異世界転生もできないみたいだけど、無駄死にではない。

 せめて人型にならずに四つ足の猫のままでいて欲しかったけど、こういうのもファンタジーの醍醐味ってやつだろ。

 おれは痛みで熱を持つ額を掻きながら姿勢を正した。死んでも痛覚ってあるんだな。


「落ち着きましたか?」

「あ、うん。……騒いで、すんません」

「いえいえ、どんなお客さまにも対応する。ここは【幻想料理店】にごじゃいます」

「そっか」

「お席はどちらになさいますか?」

「席? あっ、ああ、ここでいいっすよ」


 おれは頭を叩きつけたせいで少し乱れたテーブルクロスをさり気なく撫でて整える。

 それから、いかにも高級レストランと主張してくるきれいな椅子を勝手に引こうとして、すっと一足先に椅子が動いた。

 自動ではなく、手動。

 それを動かしたのは――――「うおおっ!」

 思わず裏返った奇声が洩れる。


 鼻水も吹きそうになって、急いで鼻と口を手で覆った。

 顔が薔薇になっている、多分給仕だろうそいつは薔薇頭をおれに下げた。


「あっ、ど、ども……っす」


 反射的におれも頭を下げる。

 なぜか三回くらいペコペコしてしまった。


 異世界に行くことに憧れて、幾度となく妄想し、どんな生物がいるファンタジーでも即座にうまく対応してやると意気込んでいたけど…………

 いざ目の当たりにすると自分に害がないと分かりつつ、心臓がうるさくなる。


 異世界に順応するのが早い主人公達って……すごかったんだな。

 逆に、なんでこんな簡単な選択のミスをするんだよって苛々してた主人公達には土下座して謝ろう。


「あ、ありがとう、ございます……」


 おれは椅子に腰掛けた。

 薔薇頭の給仕は慣れた様子でタイミング良く椅子を操り、おれは違和感も不快感もなく席に着けた。

 薔薇頭の給仕はお冷をテーブルに置いてから、手本みたいな一列をして去っていく。


「みんな、華やかですね……」

「ええ。薔薇でごじゃいますから」


 意図せず寒いギャグを言ったようになってしまった。

 おれは逃げるようによくよく店内を見渡す。

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