第26話 大切な人
一言何かいってやろうかと思ったが、ユキはそのまま会場を後にした。
後ろから真壁が走ってきて、ユキの手をつかんだ。
「待てよ!」
「手を離して!」
キッパリと言い放つユキの語気に押されて、真壁は手を離した。
「どうしたんだよ、あの鉄のことか? あんな男、どこがいいんだよ」
「あなたにはわからないわ。きっと一生わからない。それにわかってほしくなんかない。
私、今日来てよかったわ。ありがとう。さようなら」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! どうしたの、もう! 俺とは終わりってこと? なんで、理由を教えてよ!」
「真壁さん、今までありがとう。貰ってしまったものはお返しします。ご好意も色々とありがとう。でもね、私、今日やっと気づいたの。私、鉄さんが好きなの」
「えっ?」
「あんな人、他にいないわ。私、鉄さんが大好きなの」
「なんで、あんな低所得者でガリガリの薄らハゲの、汗臭いやつのどこがいいんだよ! ばあさんの面倒を見てるからかよ!」
「真壁さん、あなたはとても良い人よ。本当にありがとう。でも鉄さんとあなたでは全然違うの。それをちゃんと感じることができた」
「なんだよ、それ。ふざけんなよ。おめぇ……」
「さよなら、ありがとう真壁さん」
真壁は泣いていた。
きっと上司や友人の前でふられた恥ずかしさから泣いているんだろう。
あれだけ自慢して逃げられたから泣いているんだろう。
きっと自分が可哀想だから泣いているんだろう。
でもね、真壁さん。
本当に泣きたかったのは鉄さんじゃないかしら。
それに、今の真壁さんが鉄さんならどうだったかしら。
こんなとき、鉄さんなら無理にでも笑ってくれるわ。
そしてさよならって言って、相手を暖かく見守ってくれるわ。
自分を殺してでも相手のことを考えてくれるわ。
汗臭い?
労働者の汗を知らない、エリートのお坊ちゃんにはわからないでしょ。
汗にまみれて帰ってくる鉄さん。
油で汚れた手を一生懸命洗う鉄さん。
いくつもある火傷。擦り傷。
鉄さんはガラッぱちよ。
ズケズケ言うわ。
でもね、その言葉の下にはいつも「愛情」があるの。
いつも困ってる鉄さん。
いつも笑ってる鉄さん。
そしていつも私達を大事にしてくれる鉄さん。
鉄さん。
鉄さん。
鉄さん。
ユキは電車にのり、タクシーにのって病院までついた。
鉄に、おばあちゃんに、一刻も早く会いたかった。
ユキは病室に飛び込んだ。
「おばあちゃん!」
鉄とおばあちゃんは、驚いた。
「どうしたんだい、ユキ!」
「お、お、おったまげるじゃねぇか!」
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