第25話 想い

 パーティでは芸能人のトークショーが始まろうとしていた。

 真壁とユキはテーブル席に着いて、談笑した。


「しかし、なんだなぁ。あの鉄って男。あのツナギは明星工業だろ? あんな中小企業で下働きしてるようなやつ、信用できるのかい?」


「…………」


 ユキはムッとした。

 しかしパーティー会場での談笑。

 真壁の顔を立てるためにもユキはグッと我慢した。

 

 そういえば鉄さんはこんなこといってたな。

 仕事に上下なんてない。

 責任感があるかないかだって。


「あの男、おばあちゃんに取り入ってユキちゃんと仲良くなりたかったんだぜ。気持ち悪い奴だよ。あっ、もしかしたら、おばあちゃんの資産目当てか? とにかくあいつには気をつけたほうがいいよ、ユキちゃん」


「…………」


 ムカムカしたが微笑みで軽く返した。

 今の真壁の発言は自分にも心当たりがあった。

 私も真壁さんと同じ。

 鉄さんがお金目当てで近づいている、と思ったわ。

 でもね、真壁さん。

 鉄さんはあなたのような人じゃないわ。

 あの人は……。

 私と真壁さんを気遣って身を引いてくれたの。

 わかる?

 きっと寂しかったわ。

 きっと辛かったと思うわ。

 私の事が好きになっても、それを表現もできないの。

 いいえ……。

 しようとしていたんだわ。

 鉄さんなりに一生懸命に。

 でも、私が……。

 私が気づいてあげられなかったのかもしれない……。

 ちゃんと鉄さんを見てなかったのかもしれない……。


「それに冴えない顔してるしなぁ。あの歳で自転車でウロウロしているようじゃあ出世は望めんだろう。なんだ、チッチッって。変な音出しやがって。ホント気持ち悪い奴だよ。

早く追い出したほうがいいよ、ユキちゃん。しっかしひどい自転車だったなぁ。笑えるな。クスクス……」


「…………」


 今日仕事だった鉄さん。

 どうしてあんなに早く駆けつけてこれたんだろう。

 おばあちゃんは電話のある台所で倒れていた。

 おばあちゃんは鉄さんに電話して……、倒れたんだ。

 たった一言、「助けて」と言っただけで……。

 慌てて駆けつけてくれた鉄さん。

 私に目もくれず、自転車をほうり出して、駆けつけてた。

 あなたにできる? 真壁さん。

 鉄さんはお金もたくさんあるわけじゃない。

 気持ちもうまく表現ができない。

 それでもおばあちゃんは私より、鉄さんを信用したのよ。

 お母さんに裏切られ、大好きだったおじいちゃんに死なれたおばあちゃんが

自分が苦しいときに信用したのは鉄さんなの。

 私でもあなたでもないわ……。

 私は部屋にいたのに、鉄さんを呼んだのよ……。

 わかる?

 私とあなたの邪魔をしないように……って。

 ……鉄さんも……おばあちゃんも……。

 苦しいのを我慢して……。

 私達を応援してくれてたの。

 わかる?

 真壁さん。

 心配かけないようにって……。

 そしておばあちゃんは自分が苦しいときは……、鉄さんを呼んだの……。

 今日仕事だった……、鉄さんを呼んだのよ。

 そして鉄さんはちゃんと応えたの。

 汗まみれで自転車を走らせて、おばあちゃんのために駆けつけてくれた鉄さん……。

 ちゃんと応えてくれた……。


「しっかし、あの男、油臭い上に汗臭かったな、へへへ」


 その途端、ユキは立ち上がり、真壁の頬を思い切り叩いた。

 パチーーン、という音が会場に響き渡り、一斉に注目が集まった。

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