第23話 病室で

「ばあちゃんから電話があったんだ!」


 とだけ言うと鉄はユキとの会話もそこそこに部屋に飛び込んでいった。

 ユキは鉄の後を追った。真壁も仕方なく二人に続いた。

 鉄はソッとおばあちゃんの額に手をあて、かなり熱が高いな、と言った。

 そして台所の電話を取って救急車を呼ぶと言った。


「僕が送るよ」


 と真壁がバツが悪そうに言った。

 しかし鉄は救急車の方が早いかもしれない、という理由で断った。


「命に別状はないと思うがよ、まぁ救急車は用心だな。真壁さんの車で移動ってなると体力も使うしな。熱が高いから無理はさせらんねぇし……。ばあちゃん、先日の風邪が悪化しちまったのかな」


 と、鉄は言った。


「お、おばあちゃん風邪ひいてたの?」


「あぁ、先日電話があってな、風邪っぽいって言ってたんだ。俺っち、用心しなよ、って言ったんだがな……。チェッ、チェッ、チェッ。それに、今日、ばあちゃんから電話があった時はおったまげたぜ。か細い声で『助けて』と言うもんだからさ」


 と鉄は言った。

 ユキはここ数日おばあちゃんとあまり会話もなかった。

 おばあちゃんと二人で鉄の話をした日が最後だろうか。

 あれから私は何をしていたんだろう……。

 真壁に誘われるままに夕食を一緒にし、帰ると風呂に入って声をかけて寝ていただけ。

 ユキは後悔が溢れ出た。

 ユキが泣いているのをみて、鉄はオロオロした。


「おお、泣くモンじゃねぇ、こ、困ったな。真壁さん、ユキちゃんを頼むよ」


 真壁は当然といった風で、ユキの肩を抱いて部屋を出た。

 しばらくすると救急車が到着した。


「もう安心だから、二人はでかけてくれ。あとは俺っちに任せておきなよ!」


 と言って鉄は救急車に乗りこんだ。

 鉄とおばあちゃんをのせた救急車が発車し、それを見送ると、真壁はユキを促した。


「ユキちゃん、そろそろ行こうか」


 軽く頷いたユキは真壁の車にのった。


「さぁ、気分でも変えよう。曲でもかけて。そらユキちゃんは笑ってないとね。まだパーティーには時間があるし、ランチでもするかい?」


 ユキは真壁の意外な言葉に驚いた。


「えっ、真壁さん……。病院に行ってくれるんじゃないの?」


「えっ? いや……。もうそこは鉄さんがいってくれてるじゃないか。鉄さんもあぁ言ってくれてるんだし……」


「……でも、私、おばあちゃんが心配なの! 気分転換なんてできないわ……」


 しばらく沈黙が流れた。

 真壁は軽くため息をついて車を病院に向けた。


「ごめんなさい、真壁さん」


「いや、いいんだ。仕方ないさ。僕は楽しみにしてたから、残念なだけだよ」


 真壁の眼に失望の色が浮かんだ。

 ユキは真壁の気持ちには申し訳ないと思ったが、おばあちゃんが心配で心配で仕方なかった。


 病院に着き、病室を覗くとおばあちゃんは病室のベッドにいた。

 点滴を受けている。

 そばには鉄がついていて、 二人で楽しそうに笑っている。


「あのときね、鉄さんが食べさせてくれたすりりんご。私はずっと『毒』だと思ってたの」


「なんだって? ばあちゃん、そりゃねぇや」


「ふふふ。『毒殺されるんだー』って思ったわ」


「おいおいおい、人聞きが悪いやな。毒殺だって? どう見たってすりりんごだったじゃねぇか! ばあちゃんも人が悪いよぉ」


 ケラケラと笑う声が病室に響いていた。

 あの二人の中に自分もいたんだ。

 いつも一緒だったのに。

 今はなんだか二人が遠くにいる気がした。


「おばあちゃん!」


 ユキはたまらず病室に飛び込んだ。


「あら! ユキ、心配かけたね。点滴をうったらケロリとなおったみたいだよ。やっぱり風邪だったみたいだね。まぁたいしたことはないってお医者さんも言ってくれたし

明日には退院できそうだから心配しなくていいわよ」


「でも……」


「ほら、真壁さんを待たせては悪いわよ」


 真壁はユキの後ろで何度も時計を見ていた。


「ユキさん、俺っちがばあちゃんについてるからよ。心配いらねぇよ。まぁ俺っちだから心配だろうけどよ、誰もいねぇよりいいよ。ばあちゃんの口がもう少し大人しくなるとよりいいんだけどな」


「まぁ、鉄さん!」


「あれ、聞こえたかい? とにかく、真壁さんとの約束をちゃんと守らくっちゃいけねぇよ」


「だって、鉄さん……。鉄さんだって今日仕事でしょ?」


 鉄に真壁のことを言われたのを無視してユキは言った。

 その後ろで真壁の小さいため息が聞こえた。


「いや、まぁ早退したんだよ。意外と俺っちマジメだから、お願いするとだいたい班長は聞いてくれるんだ。そのかわり明日出勤しなきゃならねぇんだけどな。だから大丈夫。心配ないから。行きなよ、ユキちゃん」

 そう言って鉄は微笑んでくれた。

 ユキは鉄の心中を察すると心苦しかった。

 まだ何か言おうとするユキの背中を、鉄は無理やり押して部屋から出した。


「真壁さん、ユキさんをよろしくお願いします」


 と、ペコリと頭を下げた。

 おばあちゃんも病室から、


「真壁さん、わざわざありがとうございました。ユキをよろしくお願いします」


 と声をかけた。


「い、いえ、お大事に……」


 真壁は作り笑顔で答えた。

 ユキは仕方なく、真壁と病室を後にした。

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