第17話 真壁

 実際、真壁という男は悪い男ではなかった。

 海外留学の経験もあり、役所でもなかなかのポストらしい。

 スポーツも好み、話題も豊富で知的であった。

 もちろん女性遍歴も人並み以上にはあった。

 だがユキに対しては本気だった。

 車でユキを送れないときはイライラしたし、ユキと話すときは必要以上に緊張もした。

 何度かデートを重ねて何度も告白を試みた。

 手をつなごうと努力したこともあった。

 しかし、どうも避けられている。

 つなぐタイミングをずらされたり、勇気を出して抱いた肩を自然にくぐりぬけたりされた。

 真壁は真剣だった。

 なんとかユキと付き合いたかった。

 花や装飾品のプレゼント攻撃は半ば強引だった。

 それでもいい。

 とにかく真壁は押しまくった。


 そろそろ俺も結婚の時期だ。

 ユキさんのような女性と結婚できたら最高じゃねぇか。

 これだけの美女だ、周りの連中きっと驚くぞ。

 俺はユキさんのために色んな女との縁を切ったんだ。

 絶対モノにしてみせる!


 真壁は真壁なりに必死だった。


 最近ようやく休みの日にユキを連れ出せるようになった。

 晩飯のみだったり、ランチのみだったりするがそれでも大きく前進したといえる。

 真壁は少しずつ手ごたえを感じてきていた。

 少しずつ効果が出てきているのかもしれない。

 もう一押しだ。

 真壁はユキと外出しても、きわめて紳士的に振る舞い、安心感を与えるよう努めた。


 ユキは鉄と顔を合わせることがめっきり減った。

 最初は寂しくもあったが、鉄の方でも避けているのを感じて、やっぱり女性に興味がないのかも、という思いが強くなった。

 真壁の押しの強さにおされるようにユキは誘われると断らなくなった。

 

 ある日の帰路、ユキは真壁を自宅に招いた。

 いや、厳密にはおばあちゃんがしきりに一度顔を見せろとしつこいので、真壁に聞いてみただけだった。

 真壁は即座に返答した。


「いや、僕のほうから挨拶に伺う提案をするべきだったね、気づかずに申し訳ない」


「いいえ、おばあちゃん心配しているの。悪い人じゃないかって。私と似て心配性なの。フフフ」


 おばあちゃんが真壁という人に疑問を持っていることはユキも重々承知していた。

 だからこそ、一度おばあちゃんと会って安心してもらおうと思ったのだろう。

 ユキの中で真壁と付き合うことが前提になりつつあった。


 真壁は古いアパートの入り口近くに車をとめた。

 アパートを見回して内心驚いた。古いアパートでユキとはあまりに不釣合いだった。

 つい、掃き溜めに鶴だなこりゃ、と呟いた。

 ユキがただいま、と声をかけると中からおばあちゃんが返事をした。

 真壁は印象を良くしようと気を引き締めた。


「はじめまして、ユキがいつもお世話になっております」


「いえ、こちらこそ、おばあ様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。いつもユキさんと親しくさせていただいている真壁と申します」


「まぁ、小さいところでなんですが、中でお茶でも……」


 おばあさんは真壁を中へ招じ入れた。


 育ちが良いのは一目見てわかった。

 佇まいがピリッとしていて、返事もハキハキとし、話題も豊富だった。

 それにユキに対する情熱がヒシヒシと伝わってくる。

 おばあちゃんは想像以上に好青年であることを認めざるを得なかった。

 それだけに少し寂しかった。まるで鉄の敗北をおばあちゃん自身が認めたようで辛かった。

 ユキと真壁の会話が盛り上がり、話題についていけない時はよりその想いを感じてしまった。

 ただ、ユキと真壁は、幸せそうだった。

 先日見た映画の話で盛り上がっている。

 おばあちゃんはただ云々と頷いて座っていた。


 真壁は長居をしなかった。

 彼なりに印象を良くしようと、サッと帰った。


 おばあちゃんは言った。


「良い人のようだねぇ。しっかりお付き合いしてね」


 おばあちゃんはそう言った。

 ユキは笑顔でありがとう、と言って部屋に戻った。

 ユキにはおばあちゃんの寂しさを感じる余裕はなかった。

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